第二章
第12話 共有
「さて、協力するに当たっていくつか知識を共有しておきたいんだけど...」
小屋に入ると、ツユはココアを出してくれた。いかにも来客用というコップは、少し使い古されていた。博士のおさがりだろうか。
自分のコップには水が入っているあたり、あまり経済的な余裕は無いのかもしれない。
「ラバーズって、なに?」
言葉を放つツユは、幼い子供のように見えた。
どこから説明したらいいのかな。よく知っているものでも、0から説明しろと言われると答えに詰まる。沈黙に耐えられず、「んー」と少し唸って時間を稼ぐ。
「ラバーズは、ミアの信奉者です。」
辞書的な説明で済ませることにした。まず何か答えないと、ツユが何を知らないのかもわからないから。
「ミアっていうのは...?」
「...ミアはミアです。私が生まれる前から居て、死んだ後もきっと居ます」
「何かの組織の指導者ってこと?国だったり、思想団体だったり...」
「違います。役職の名前ではなく、ミアはミアとして、ただ祠に居るだけ。」
要領を得ない応答が続く。でも、それ以上は答えようが無い。
「...まあ、いいよ。要するに国とか政府とかとは無関係なんだね。」
「国...?政府...?」
会話が噛み合ってない気がした。肝心な共通認識が抜けている気がする。
「国、政府、そのままの意味だよ。人が住む土地の括りと、その内部の秩序を維持してみんなで暮らす仕組み。」
「知ってます。本によく出てきますし、勉強しました。経済や法を学ぶ上で前提にする思考装置ですよね?」
「...ん?」
ツユが首を傾げた。伝わってないらしいので、補足する。
「...思考装置というのは、理論を検討する時に使う仮想モデルのことです。概念装置と言った方が伝わるかも。」
納得がいかないらしく、傾けた首が元に戻ることは無かった。
むしろ渋い顔のまま上体ごと揺れ、最終的に横に半分ほど曲げたまま、ツユは口を開いた。
「思考装置の説明は、大丈夫。丁寧にありがとうね。初めて聞く言葉じゃ無い。」
「僕の中に結論はあるんだけど、それが突拍子も無かったから驚いていたんだ。要するに...」
体を起こして一息つくと、ツユは真っ直ぐ私を見て再び口を開いた。
「要するに、この世界には国や政府がないってことだよね。」
私が頷くのを確認して、ツユは話を続ける。
「ロセアちゃんの視点で言うなら、僕は国や政府が実際にある世界から来たんだ。
僕が知っている世界では、当たり前のように雨が降っていた。当たり前のように国や政府があった。でも、この場所にはそれらが無いんだ。」
「もう少し早く気づくべきだった。この1ヶ月、気圧や温度、湿度ばかりを調べて、ついに雨を降らせるところまでこの世界を理解した。
それなのに、肝心な部分は知らないままだって気づいたよ。人前を避けていたから仕方ないけどね。
正直、雨が降らない以上に不思議なことなんだ。どうやって治安が守られているかを知りたいな。」
国や政府が無い。私にとっては当たり前でも、ツユには大発見らしい。
「私も聞きたいことがありました。」
ひと段落したから、次は私の番。
武器を差し向けて、ツユの方を見る。昨日とは違う意図で。
「この武器って、結局何なんですか?」
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