第10話 失格

 昔の夢を見た朝は、懐かしい気持ちだけがぼんやりと残る。さほど良い記憶でもないはずなのに。

 頭が動き始めると、昨日のことが徐々に思い出され始める。ああ、現実って、こんな感じだっけ。いっそ夢の方が楽だった気がして、もう一度布団に入るが、外が騒がしくて数分も経たずに目が覚めてしまった。

 なんだろう、何か事件でも起こったのかな。そう思って軽く身支度して、ドアを開けてしまったのは失敗だった。


 騒ぎの原因は私だった。きっとラバーズが吹聴したのだろう。ドアの前には軽い人だかりが出来ていた。

「おい、ここ最近なんか変だぞ!「化物が出るって本当か?」「祠の管理はどうなってるんだ!」

 一度に話しかけないでほしい。


「いや、私はちゃんと...」


 全部言い返す前に、次の言葉が飛んでくる。


「ったく、祠の管理ってのはこういう変なことが起きないための仕事だろ!」「お前は管理者として失格だな」「祠の管理しかできないくせに、それすらまともに出来ねぇのか!?」


 言い返す前に、問い詰めないで欲しい。ほら、言葉が出なくなった。ええと、なんて言おうとしたんだっけ、頭が真っ白になってくる。


「えっと、私は....」


 ぽつりと、頬が濡れた。

 あれ?焦って涙が出たのかな。


 そう思っていると、手のひらや、腕にも水滴が落ち始める。


 雨だ。雨が降り始めた。

 そして間髪なく、目の前にツユが現れた。ツユは、人々の方を向いていた。


「はいはーい!町のみなさんはじめましてー!」


「今水みたいなの降ってるの、わかりますか?」


「誰だこいつ。」「そうだ、最近水が降るんだ。」「どうなってるんだ?」

 どよめきと、軽いパニックが起こり始める。


「これですか?これは、雨っていいます!」

 火に油を注いだ様に、町の人のざわめきが勢いを増して行く。


「そうそう!「災い」が云々的なアレで合ってます!」

 ツユは平気な顔で言葉を続ける。


「全部僕が降らせてます!」


 ここまで言ったところで、ざわめきは一部怒号に変わっていた。みんなが叫んでいる中、誰かがボソッと、


「じゃあ、ロセアちゃんは...」


 とつぶやく。

 その一言を、ツユは見逃さなかった。


「そうです!この子は無実!」


 大勢の視線が再び私に向く。急にベクトルが向けられ、私はビクッとする。


「この子は無実で!世界の味方です!だって祠の管理者なんでしょ?」


「という訳で、敵の僕が連れてっちゃいますね〜」


 そう言うと、ツユは私の肩に手を置いた。目の前の景色が変わる。昨日訪れた小屋の前だ。


 ツユの方を見ると、今日はあっさりと目が合った。そして、どうしたの?とでも言いたげな顔で、首を傾ける。

 尋ねたいのは私の方だ。


「ツユちゃん...!どうして?」


「いやーごめんごめん。でもあれ以降装置は動かして無いよ。」


「僕が昨日の夜、中途半端に雨を降らせたせいで、昨晩に降る予定だった雪のタイミングがずれたんだ。」


「きっとその雪が今になって、雨としてちょっと降ったんだよ。」


「だからほら、もう少しで止むよ。」


「そうじゃなくて!どうして庇ってくれたんですか?私は敵なのに。私に協力する必要なんて無いのに。」


 そうだ。こいつは敵だ。睨みつけようとして目を細めると視界がぼやけ、溜まっていた涙が頬をすべり落ちる。


 悔しいことに、町の人たちが言っていることは何も間違って居なかった。


 私は祠の管理者失格だ。目の前の問題から逃げて、敵に連れ去られているのに、そのことが堪らなく嬉しくて、安心して、涙が止まらなくなっている。

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