第5話 vs.ミラリオ
ツユは向こうの山と簡単に言ったが、歩いて行くとかなり大変な道だ。山を日帰りで登るなら、下山する時間も考慮に入れなければならない。今日で解決すると意気込んでおきながら、日が傾いても頂上につかなかったら下山しようなどと考えていた。
そして、ふっと化物が現れる。昨日見たのとは形が違かったが、直感的にそれとわかる。正直出るだろうと思っていた。日暮れまでに頂上に辿り着けるかは、こいつら次第だ。
化物を倒す。昨日戦ったのより少し強かったが、苦戦はしなかった。昨日ヘトヘトになるまで戦った私の方が、よっぽど強くなっている。
「ひゃーっ」
という声が聞こえて、茂みから少女が出てくる。
「驚いた。試しに戦わせてみたけど、本当に倒すだなんて。」
感心したような顔でゆっくりと歩く。道の真ん中で足を止め、立ち塞がって私の方を見た。
発色の良い薄桃色の髪。薄い水色の襟付きシャツに重ねたピンクのサスペンダー付きスカート。
そして、緑色の大きな蝶ネクタイ。
何度も見た姿だった。それだけに不気味だ。少女の姿は、今日の朝、鏡で見た私の姿そのものだった。
「昨日、スライム達倒したの、君でしょ。それも随分と沢山。」
スライム?ああ、あの饅頭みたいな化物のことかな。
「そうです。私が倒しました。あなたは...?」
「ワタシ?ワタシはね。化物。」
「化物?」
そうか、化物か。なるほどね。私と同じ姿をしている理由はわからないけど、妙な信憑性があった。たまたま同じ格好をしているそっくりさんだとしたら、茂みから出たばかりなのに服が汚れてないのは不自然だ。雨や、瞬間移動や、化物なんて、不可解な現象を1度でも受け入れてしまうと、何か突飛なことが起きても大方それのせいだろうとあっさり理解してしまう。原理なんて意味不明なのに。
「や!いいんだよ、今まで倒しちゃった分はさ。しょうがないよ。ワタシじゃないし。」
化物は気さくに話し続ける。
なんで私は化物と気さくに話さないといけないんだろう。こいつも倒して、早くツユに...
「あーーーー!まって!!
やめて、武器構えないで!!!」
「ほら、ワタシ、スライムみたいなのと違って知性があって、人も襲わないからさ、見逃してくれるでしょ?お互い戦うのは無し!」
化物は慌てふためく。人の体でみっともないことをしないで欲しい。ただ、少し可哀想だなとも思う。
「人を襲わないなら、戦わなくて良いです。この異常な状況さえ収まるなら、私はそれでいい。」
異常な状況さえ収まるなら、と口にした瞬間、化物の顔が曇る。私と同じ顔のはずだけど、動かし方が違うと別人のように見える。
「もしかして君さ、いつかワタシ達を生み出している元凶とか見つけちゃったらさ、やっぱり倒しちゃう?」
当たり前だ。
「そうですね。元凶を倒せれば楽ですね。それで他の化物も消えてくれれば万々歳ですし。」
ここまで言って、この化物の質問の意図がわかる。化物は少しがっかりした顔で呟いた。
「あぁ、じゃあやっぱりダメだ。ワタシ消えたくないもん。君のこと殺さなきゃ。」
「自己紹介がまだだったね。冥土の土産に教えてあげるよ。ワタシは鏡の化物、ミラリオ。破鏡不照の1人だ。」
「破鏡不照?」
「あはは、知らないよね。破鏡不照は意志持つ化物。自分が生きるためなら他を顧みない冷徹集団のことさ。死んだ命は戻らないからね。」
「知らなくても大丈夫だよ、今から君の命も戻らなくなるから。」
私は戦った。ミラリオは予想以上に手強かった。それでも数分程ぶつかり合うと概ね決着は着いた。
「私の勝ちです。まだ戦いますか?」
「や、もういいよ。...喧嘩売ってごめんなさい。」
「ごめんついでに、見逃してくれない?やっぱりワタシ消えたくないや。」
ミラリオの目を見る。私と同じ姿とはいえ、人型の生き物に命乞いをされて、あっさりトドメをさせる勇気なんて持っていない。ミラリオも、きっとそれをわかって命乞いしている。
意思があるなら、人間と変わりないんじゃないか?人を襲わないなら見逃してもいいんじゃないか?本当に殺したら、自分のかたちをした死体を見ることになるんじゃないか?
初めは倒してしまおうと思っていたのに、一度踏みとどまった瞬間、倒さなくて良い理由が一気に頭の中に流れ始めた。
その躊躇を、おそらくミラリオは見逃さなかった。
捉えていたはずの人型はいつの間にか小鳥の形になり、バサッと私を通り抜けて飛び立った。
「ごめんね。」
声がして茂みの方を見ると、人の形に戻ったミラリオが立っていた。
「ワタシが原則人を襲わないっていうのは本当。それは、ちゃんと約束するね。」
「でも、他の2人がどう思うかはわからない。だからごめん。」
ミラリオはそう言い残すと、山の奥へと走って消えた。勝手に私の姿で山を走り回らないで欲しい。
ミラリオは他の2人と言った。意思を持つ化物が他に2人居るという意味だろう。破鏡不照とか言ってたかな。
ミラリオとは、いつかまた会うことになる気がした。
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