第3話 私は祠の管理者

「あ!」


 思い出したようにツユが声を出す。一々ビックリするからやめてほしい。


「そろそろ雨が止んじゃうから帰るね。まだ道がよくわかってないからさ。」


 普段の居場所がわかれば、どうにか捕まえられるかもしれない。


「どこに帰るんですか?」


「あー、えっとね、博士のお家を借りてるんだ!向こうの山の上にある、アマガサ博士の小屋。」


 なるほど。ツユの話が本当なら、研究者と関わりを持とうとするのも頷ける。


「じゃあ、なにか用事がある時には...」


「うん。山の上の小屋においで。席を外す時はメモを置くようにしておくね。」


「ありがとうございます。」


 不在時にメモまであるとは手厚いなと思う。いや、化物と対峙する危険を押し付けられているんだから、面倒を見てもらわないと困る。


「じゃあねっ」


 というと、ツユは瞬く間に消えた。

 これからどうしようか。取り敢えずミアには明日の朝の報告の時にこれを話すとして...

 いや、まずは家に帰ろう。外で横着していても解決しないだろうし、少し濡れた服が気持ち悪い。


 慣れた道を歩いて帰る。さほどの距離じゃ無いけど、今日は少し疲れたな。どうせ瞬間移動出来るなら、私1人を家に送ることも出来たんじゃ無いだろうか。いや、出来たとしても、送ってもらわなくて正解かな。信用できない人に家まで教えたく無い。


 ここまで来れば、あとは一本道...というところで、私は目を疑った。

 歩き慣れた道。真っ直ぐ走れば数分で通り抜けてしまえそうな道に、びっしりと化物が居た。

 今日見た化物と同じ形をしているが、色が違うのも居る。とにかく量に圧倒される。動くものがびっしり詰まって居る時の嫌悪感は、虫でも動物でも化物でも大して変わらないのだと思った。


 帰るにはここを通らないといけない。毎日楽だと思って歩いていた一本道を、初めて憎らしく思った。山の中を強引に進めなくも無いが、化物以前に野生動物に襲われて無事では済まないだろう。

 戦うしか無い。籠手を構えて、カードを取り出す。まずは1番弱そうな奴を目掛けて、戦闘を仕掛けた。


 私はとにかく戦った。弱い奴から先に仕掛けたのは、結果的に正解だった。ツユに渡された武器は組み合わせ次第で強力な効果が発動し、そのおかげで勝てた戦闘もいくつかあった。


 雨はいつの間にか止んでいたけど、それが原因で化物が消えることは無かった。それでも、日が暮れるくらいには、全ての化物を倒し終わっていた。


「終わった...」


 と呟いて、ふらふらと家に帰る。遅くなったことを父親が少し気にしていたが、適当に受け流して階段を登り、自室に着くと、そのままベッドに倒れ込んだ。






 ガシャーン

という音が光と共に鳴る。

肌には水の粒が激しく打ちつける。

降る水の量は今日の比じゃない。

ああ、これは夢だ。

1ヶ月前のあの日だ。

今でも夢に出てくる。


 








 ガシャーン

という音が再び鳴る。

今度は目の前の木に落ちる。

木は私と父の方に倒れ始める。

私は思わず目を瞑る。










 パァン

という音が鳴り、目を開ける。

気づくと木は別な方向に倒れている。

光が当たった木は燃えていた。

燃えていたけど...


その木からは、燃える時とは別の焦げ臭さもした。災いが起きているんだ。よくわからないことばかり起こる。







「———以上の事態が発生し、先程の修理を実行したところ経過は良好、雨は即座に収まりました。」


父がミアに報告する。


「ごめんなさい...ごめんなさい...」

涙を浮かべながら私は謝る。


「そんなに謝らなくていいよ」

とミアが言い、私は顔を上げる。


「いや、ロセアはミアのこと、どうでもいいんだなって思って。」








ミアが言葉を続ける。

「ロセアが点検に来てくれて、話し相手になってくれて、ミアは嬉しかった。喜んでた。」


「でも、喜んでたのミアだけだったんだなって思った。だって、ミアのこと大事にしてたら、こんなミス起きないでしょ?」













家の中に居る。

父に怒られてる。

私が家で、ミアのことを悪く言ったから。


「ミアだって、平気で他人の悪口言うのに。」


私がポツリと言い返すと。父は呆れた顔でこう言う。


「じゃあ、辞めるか?」


その言葉を聞くと、パチリと眩暈がする。











「続けられないようなら、俺が責任を持って代わりを探す。」


パチリ。


「ラバーズにはやりたいと言っている奴はごまんと居るが、流石にそいつらには任せられないしな。少し血縁は遠くなるが、親戚に...」



父が話すと視界が白くチカチカして、聞こえる言葉がだんだん遠くなる。気づくと、私は暗闇の中を歩いている。












暗闇を歩いていると、色々な人にすれ違う。人々は、私を見ていない。


「ロセアちゃんは祠に仕える一族だから将来は安泰だねぇ」


「お、ロセアちゃん!今日も祠の仕事、頑張れよ!」


「ロセアちゃんには頭が上がらないなぁ、世界のために、大事な仕事だもんね。」


そうだ。私は必要とされている。






再びパチリと眩暈がして、暗闇の中を歩き出す。


「最近お仕事で褒められたんだ!」

友達が言う。


「将来のために、勉強したんだ!」

同級生が言う。


「今まで働いてきた経験が...」

周りの大人が言う。


「俺は手先が器用でさ、親方に...」

近所の人が言う。


私は、この家に生まれただけ。



「早く辞めればいいのに」 


ラバーズの陰口が聞こえる。


「他にもやりたい奴はいるのに」「俺ならミア様を悲しませたりしない」「私なら話を聞いてあげるのに」「どうして不満そうなんだよ」「早く辞めろよ」


そんなことはわかってる。親切に教えるつもりで言ってくれてるなら、もう言わないで欲しい。


でも、私は...


祠の管理を辞めたら、私は...









 朝だ。


 嫌な夢を見た朝は、いつも仰向けで目が覚める。

 天井を眺めていると、夢の記憶が薄れていくのを感じた。瞼が下がるのを必死に我慢する。眠たいけど、夢には戻りたくなかった。薄れた夢が居なくなるまで、目を凝らして天井を見続けた。


 無理に目を開いていたせいで、視界が涙で滲み始める。手の甲でそれを拭うと、眠気覚ましにそのままゴシゴシと目を擦り、身体を起こした。




 そうだ。私は祠の管理者。必要とされている。雨のせいで起こる災害は、私が片付ける。もちろん、雨が降ることは許さない。


 ミアには正直に報告しよう。そして、今日中にツユの元に行って、それで全部解決しよう。


 面倒なことは、すべて今日やってしまえばいい。祠でミアに何か言われても、その日に全部解決してしまえば、そのことで落ち込むことはないだろう。それに、後回しにしてラバーズに余計なこと言われたくない。

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