第3話 敗北

 すたみな太郎に入店すると、清潔感のある白を基調とした内壁が出迎えてくれる。店内を見渡せば、パーテションで区切られたパステルカラーのファミリー席があり、四人から六人がけのテーブルの中央には網焼きグリルがある。来店者は、その網の上で肉を焼く、という仕組みになっている。


 俺たちは支配人から基本的なルールを説明される。

 すたみな太郎は、セルフサービスでのバイキング(食べ放題の意味)であり、コースの選択は時間(90分または120分)とドリンクバーの有無のみである。未成年のケルビンとレインがいるためアルコールを含むコースは選択しないことになった。


「平日、ディナー、120分、ドリンクバー付き、大人5名」

 最年長者の始原の泥濘ウーズ(SSR冒険者/アークドルイド)が取りまとめて注文を通そうとした瞬間、俺は反射的に声を上げていた。


「支配人」


 俺が声をかけると、電流を浴びせられたかのように支配人が姿勢を正した。

 そして「ドリンクバーは、無料でお付けさせていただきます」と、宣言して注文シートからドリンクバーに取り消し線を引く。


「い、いまのは一体!?」

「何をした小僧?」

「それが俺にも……」


 これは覚醒スキル【すたみな太郎】が持つパッシブ効果である「ドリパス」である。「回数無制限でドリンクバーを同行者も含めて無料にする」というノーリスクでアドバンテージのみを得ることができる玄人好みの権能であった。無から有を生み出す高等魔術に等しい御業、それを俺は無意識にやってしまったのだ。


「すごい……」


 七曜の魔女レイン(SSR冒険者/虹魔導士)が、俺に熱っぽい視線を送る。その横顔を面白くなさそうに拳凍士ケルビン(SSR冒険者/双拳士)が見送る。


 パーティの最後尾で座席に向かう獣剣士ビースト(SR冒険者/侍)は、すでに総菜コーナーや精肉コーナー(あの壺の中身はなんだ!)に夢中だ。


「ごゆっくり」


 支配人が丁寧に、俺(NR冒険者/町人)に頭を下げて退出する。「は赦されませんよ」と言い残して。


 いよいよ120分間の酒池肉林ノンアルの宴が始まろうとしていた。


「俺が貴重品を見ておくから、みんなで行っておいでよ」


 荷物の見張り番は強欲都市アバドンのマナーである。S級パーティの気持ちを察した俺は、あえて荷物番に徹して彼らのサポートに回ることにする。


「タミーナ」

「お前……」

「小僧……」

「クーン、最後までいいやつ」


「だけど、ひとつ忠告がある。俺の直観インサイトが語り掛けるんだ。《初手からライス&カレーは自殺行為》、言葉の意味は分からないけど、みんな注意して」


 俺に対して頷いた四人の勇者は、すたみな太郎の店内へ散らばっていった。


 5分後。

 思い思いの食材を皿に乗せた勇者たちが帰ってきた。


 拳凍士ケルビン

「カルビ」「中落カルビ」

「ウィンナー」「ハンバーグ」

「ライス大&カレー」「ナポリタン」

「フライドポテト」「唐揚げ」

「コーラ」


 七曜の魔女レイン

「塩チキン」「アップルポーク」

「ナポリタン」「ガーリックピラフ」

「カルビスープ」「レタス」

「ヤングコーン」「ヤングコーン」

「ヤングコーン」「マテ茶」


 獣剣士ビースト

「北海道コロッケ」「唐揚げ」

「ナポリタン」「うどん」

「タコ焼き」「フライドポテト」

「ライス大&カレー」「コーンスープ」

「ポテトサラダ」


 始原の泥濘ウーズ

「すたみなタン」「野菜セット」

「ハラミ」「レバー」

「たまご」「まぐろ」

「いか」「お茶」


 テーブル上は壮絶なことになった。

 さすがに最年長者のウーズは、己の胃袋を熟知している。だが、すたみな太郎は、若い冒険者たちを狂わせる魅惑に満ちていた。


 それぞれが好きなものを選べばよいのに、それぞれがパーティメンバーの好みを熟知しているため、バイキング巡回中に多数の重複指名が発生したことも不幸の要因となった。


 特に六属性の呪文を操りパーティーのサポート役として活躍しているレインの気遣いはすさまじかった。野菜を取ってこないであろう仲間たちのケアも万全だった。だが、やりすぎた。明らかな炭水化物過多!


(大丈夫か?)


 俯瞰して戦況を不安視する俺の心配をよそに、S級パーティはあまりのナポリタンの多さに爆笑している、


「ホイル焼きがあったよ」

「ヤングコーン多すぎ」

「次はうどんにカレーをかけようかな」

「ワォン、壺の中身はみそ漬けだったのか!」

「クレープを自分で焼けるんだって!」

「これ食べ終わったら一緒に焼きに行こうぜ」

「こんなにカレーもってきてどうすんだ!」

「おまえもカレーだワン!」


 一同はさらに爆笑。

 和気あいあいと戦果報告を行い、網の上に肉を載せていく冒険者たち。


 だが、勢いはそこまでだった。


 入店10分後。

 炭水化物と揚げ物の波状攻撃に、S級パーティは壊滅していた。

 これでは肉を楽しむどころの話ではない、試合開始前の総菜バトルで全滅が確定していたのだ。


「は、腹が苦しい」

「ワフウウウウウ、飽きた」

「うっぷ……帰っていいかの?」

「だめよ、まだ100分以上時間は残っているの。デザートもまだなのよ」

「肉を焼かなきゃ」

「誰だ、こんなにアップルポークを持ってきたやつ」

「まるで肉が減らないのう」


 やれやれ。

 こんなに情けないS級パーティの姿を見るのは初めてだ。俺はやおら座席を立ち、冒険者たちを見下ろして言い放った。



 一瞬、時間が停止するファミリー席。


「今度は俺が、お前らを救ってやる」


 覚醒スキル【すたみな太郎】発動!!


「すたみな太郎は苦しむためにあるんじゃない、楽しむためにあるんだ!」


 町人タミーナは野菜コーナーへ向けて疾走はしった!!

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