美談
三枝 優
涙のわけ
そこは下町の中華屋。
ラーメンもあるが、様々な定食が人気の店である。
もうすぐ夜の9時。閉店時間が近い。
すると、入口の扉が開いて少女が一人入って来た。高校生くらいであろうか。まだあどけない子供の雰囲気。
「いらっしゃい」
おばさんが、水をだす。
メニューをちらっと見た少女。
「すみません、半餃子を一つください」
通常は一皿6個の餃子。半餃子は3つだけ。
ふつうは、ラーメンとセットにするか、おつまみで注文するもんだ。
不思議に思いながら、おばさんは聞き返した。
「半餃子一つでいいですね。他はよろしいですか?」
「はい」
やがて、少女の前に来た餃子の皿。
少女は一つを箸で取って、ゆっくり味わうように食べ始めた。
そして、2つ目を口にした時。
その目から、涙が零れ落ちた。
ただならぬ雰囲気に、おばさんが聞いた。
「あんた、どうしたの? 大丈夫かい? 」
すると、少女は、両の目から涙を流しながら、ぽつり…ぽつりと語り始めた。
「ここの餃子・・・母が好きだったんです。母は病弱で、父が持ち帰りで買って帰ってくるこの餃子を楽しみにしていました」
「そうだったのかい・・・」
「でも、その母は・・・昨年、ついに病気で亡くなってしまいました」
しーんとなる店内。
「そして、父も先月、事故で死にました。私は一人ぼっちになって・・・。今日、たまたま前を通りかかった時に、母が好きだった餃子を思い出したんです」
「そっか・・・」
「ごめんなさい。もう、お金が無くて・・・これしか頼めなくて・・・」
店内の客はみな、涙を浮かべ、泣いていた。
少女の境遇に、もらい泣きである。
すると、カウンターの奥で一人で晩酌をしていた弱が主人に行った。
「お会計」
「あ・・・はい、2540円になります」
「じゃあ、これで」
「え・・・?お客さん・・・」
トレイには1万円札が複数枚。
「釣りいらん。あの子にでもやってくれ」
その他の客も、持っている物を少女に与えるなどした。
店主も、少女が食べた餃子の代金は頑として受け取らなった。
皆が、よいことをしたと、幸せな気持ちになった。
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夜中の11時30分。
「あぁ~、やっぱり下町の中華屋じゃあ、たいした金にならなかったなぁ~」
ネットカフェの個室で少女は愚痴る。
財布の中身を確認する。今日の稼ぎはせいぜい10万くらい・・・
「もう少し、派手に泣いた方が良かったかな~?」
もちろん、さっきの中華屋での話は作り話である。
両親は多分、健在。
ただし、半年くらい帰っていないからわからないが。
「でも、やっぱり下町ほどちょろいもんだなあ。明日はどこ行こうかな」
スマホで地図を確認する。
そろそろ都内以外に行くべきか。
少女は、同じ手口であちこちで稼いでいる。
詐欺師としての能力が開花し始めているのであった。
美談 三枝 優 @7487sakuya
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