第48話 閑話休題 追記

「……えー……。では、始めさせて頂きます。本日のゲストは、新進気鋭の研究者である橘朔さんです。」

「……宜しくお願い致します。」

「…やっぱりかっこよくていらっしゃいますねぇ。」

「……いやそれはもう、勘弁させて頂きたいですね。」

「そうですね。失礼しました。今回のテーマですが、先日学会発表を終えられた新種について、分かりやすく説明をお聞かせ願いたいと思います。」

「よろしくお願いします。…ただ申し訳ないですが、まだ『新種』という言い方は出来ないんですよ。」

「…どういうことでしょうか。」

「まだ、完全体の標本がありませんので、現行の種との分類が完全ではないんです。あくまでも『新種の可能性のある生き物』という扱いになります。」

「……なるほど、そういう決まりがあるんですね。わかりました。…では、その『新種の可能性のある生き物』についてですが、まずは発見に至る道筋をお願いします。」

「…はい。きっかけは、私の勤務する水族館の裏手にある海岸に打ち上げられた非常に珍しい鮫の死体からです。見つけた時にはかなり鳥の餌食になってましたが、一見して見たことのない傷痕が気になりました。」

「鳥がつついた傷痕とは違っていたんですか。」

「はい。明らかに背中側の鳥の嘴跡とはおおきさも形の特徴も違いましたね。」

「…そうなんですか。…写真を撮られたとか。」

「そうです。というよりも私の発見した最初の一例は、あまりにも鳥がつついた為に、破損が酷くて砂浜に埋却したので、写真しか残っていません。」

「……なるほど、写真拝見しましたが、これはなかなか衝撃映像です。ラジオで良かったですね」

「これは程度としては軽めな方でして、その他の太平洋岸の日本各地での発見例のデータでは、かなり傷口の程度に個体差が見られています。」

「………ざっと拝見しましたが、確かに程度に個体差がありますね。それにしてもクジラや鮫などの大きなものが多いのはどうしてでしょうか」

「…それに関しては、駿河湾内で定置網をしていた漁業関係者から興味深いサンプルの提供がありまして、そこから導いた仮説ですが、理由として腑におちるものがあります。」

「…どのような仮説でしょうか。」

「定置網というのは、海底に設置した固定型の網を何日か置いて引き揚げるものですが、この網の中に捕獲した生物の被害状況が一番酷くて、通常サイズのハタなどの魚類は喰い尽くされて頭と背鰭だけになってしまうという現象が報告されているんですよ。」

「……それはなかなか凄まじいですね。」

「つまり、自力で襲撃から逃げ延びることが不可能ならばそのような状態になり、海岸まで逃亡可能な余力があるものは、遊泳力のある大型魚類などに限定されざるを得ないという事になります。」

「…なるほど、そもそも襲われても逃げられたものが、たまたま私達の生活区域に現れた。という事なんですね。」

「そう。私達はついつい自分達の生活区域を中心にして考えがちですが、実際には深海では今回発見した例よりも遥かに多い襲撃数だったのだと、思っています。」

「…では、その生物は別にそうした大型魚類などをメインに襲撃する性質があるわけではないんですね。」

「はい。むしろ今回のケースはレアケースであったのではないかと思っているんですよ。」

「…どういう事でしょう。」

「本来的にこの生物群は、深海底の狭い範囲で捕食をしていたものが、何らかの外的要因によって生息域から移動を始めてしまったものではないかと思うんです。」

「…例えばどのような外的要因があげられますかね。」

「今回観測され始めた日程を遡って気付いたのですが、最初に観測されたのが2011年の4月なんですね。」

「………2011年。……といいますと。」

「はい。太平洋側で大きな環境変動が起きましたね。」

「東日本大震災、ですかね。」

「…はい。この生物群には、ほとんど遊泳能力はありませんので、移動といえば海底での横方向のみだと思われます。つまり、本来の生息域で大規模な地殻変動が起きたために、弾き出された個体群が深海底をゆっくり流れている海流に乗ってしまったという仮説が成り立つのではないかと。」

「なるほど。……急に現れたように見えたのはそういう理由であれば、頷けます。」

「…もちろん今後も継続的に検証をしていかなくてはいけませんが、かなり説得力のある考え方だと、私達は考えています。」

「今後もJAMSTECとの連携は継続していくご予定はありますか?」

「あいにく、しんかい6500に関しては実験航海の予定がびっしり詰まっているので、再度の潜水調査に関してはしばらく先になりそうです。それまでは、採取したサンプルの詳細な分析と、被害データの収集と検討などをしていこうと思っております。」

「…そうですか。今後も研究成果を期待しております。……本日は、お話伺いましてありがとうございました。」


ラジオのインタビュー番組の収録を終えて建物の外へでると、季節はすっかり秋を感じるような、涼しい風がふいていた。収録は、都内のスタジオで行われたので、全く私には土地勘がない。携帯の地図アプリに頼って最寄りの駅を探しながら歩き始める。

「たまたま、人間の生活してる範囲に現れて認識されただけ。……か。」鼻先を掠める風の匂いが何故か潮風を感じさせるせいで、先ほどの会話を思い出す。

そう。私達人類が生活しているのは、この地球という惑星の表面の皮一枚程度の非常に狭い範囲なのだ。薄皮を一枚めくれば、そこには未知の領域が、無限に近いような規模で広がっている。……どこまでも深く。


本当に前人未踏の領域は、私達のすぐ隣に、ぽっかりと真っ暗な口を空けて広がっているのだ。深海という名前で。

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