25.誓い

 水も集まり凝縮すれば岩をも砕く。

 研ぎ澄ませば鋼鉄をも貫くことができる。

 水は流れ変化するもの。

 一つの形に留まらず、幾重にも姿形を変え性質を変える。

 そして水は重い。

 濡れれば濡れる程に身体は重くなり、冷たさで体温を奪っていく。


「僕の戦いは水そのものなんだ。人と戦っているつもりなら考えを改めた方が良い」

「っ……」


 吹き飛ばされたシャドウが片膝をついていた。

 口からは血を流し、睨むように僕を見る。


 驚いたな。

 気絶させるつもりで殴ったのに。


「そうか。身体に影を纏わせて衝撃を抑えたんだね」

「その通りです。ただ完全には防ぎきれませんでしたね……お陰でこの様だよ」


 シャドウが抑えている腹は、纏っていた影が剥がれ落ちていた。

 殴った感覚からして、内臓の一部が傷ついただろう。

 肋骨も何本か折れる音がした。


「勝負はついた。僕の勝ちだよ」

「ええ、私の敗北です」


 そう呟いた彼から敵意が消失している。

 敗北を認める程には潔いみたいだが、不敵な笑みを武器君感じた僕は、未だに警戒を解くことが出来ない。


「そう警戒しなくとも、私に戦う力は残っていませんよ。戦いは私の負けです」

「……なら」

「今回はね?」


 シャドウの背後の空間に亀裂が走る。

 鏡が割れるような音が響き、亀裂が開いて空間に漆黒の穴が空く。


「何だ……あれは」

「私の術式ではありませんよ。これは我々が持つ加護です」

「加護?」


 開いた黒い穴から感じ取れるのは魔力ではない。

 シャドウもわずかに宿している神力と同じ力を、あの穴から感じる。

 彼らの後ろにいる神の加護ということか。

 不敵な笑みの理由が分かった。


「いずれまたお会いしましょう。貴方はこちら側に来るべきだ」

「待て!」


 僕の声は届かず、シャドウは漆黒の穴に呑み込まれて消える。

 追いかけようとした僕は、その不気味さに一歩が出遅れた。

 気付けば空間は元通りになり、シャドウの気配も消えてしまう。

 呆然と立ち尽くしていた僕はミラのことを思い出し、急いで彼女の元へとかける。


「ミラ!」

「大丈夫よ。傷は治癒したわ」


 母さんにそう言われてホッとする。

 ミラは母さんの膝枕でスヤスヤと寝息をたて眠っていた。

 穏やかな寝息を聞いて、彼女の無事を実感する。


「良かった」


 もしも彼女に何かあっていたら、僕の人生は後悔に染まっていただろう。

 そしてあの男を酷く憎んだのだろう。


「ありがとう母さん」

「ううん。あの人は行ってしまったのね」

「うん。ねぇ母さん、母さんは知っていたの?」

「いいえ。私の眼にも映らなかったわ」


 母さんはそう言って首を振る。

 水神である母さんは、水のある場所であれば世界中どこでも見渡すことが出来る。

 それに移らないということは、水が全くない場所にいたのか。

 あるいは母さんと同じ神の力を持っていたのか。

 今回の場合、おそらく後者だろう。


「神の代行者……僕たちの見えない所で、良くないことが起こっているのかな」

「そうかもしれないわね」


 戦いは終わり、僕も二人無事だ。

 勝者となったのは僕なのに、漠然とした不安のほうが強い。

 

  ◇◇◇


 ベッドで眠っていたミラが、扉を開ける音に反応した。

 ゆっくりと目を開け、部屋の明かりと外の暗さを交互に見ている。


「ここ……」

「気が付いた?」

「アクト?」


 扉を開けた僕と目が合う。

 あれから半日が経過して、ついさっき夕日が落ちたばかり。

 そろそろ目が覚めるんじゃないかと思って、母さんに頼んで食事を用意してもらった所だ。


「食べる? 食欲ないなら無理しなくて良いけど」

「ううん、何かお腹空いてるみたい」

「そっか」


 彼女はベッドに腰掛けたまま、母さんが用意したおかゆを口に運ぶ。

 身体の調子は良いらしい。

 怪我も完治していて、痛みもないという。


「あいつは?」

「君を刺した男なら追い払った。というより逃げられたよ」

「そっか。みんな無事なら別にいいよ」


 一番痛い思いをしたのは彼女なのに、他人の無事を喜べることを尊敬する。

 ただそれ以上に、申し訳ない気持ちが溢れてくる。


「本当にごめん。僕が間に合っていれば君が痛い思いをしなくてすんだのに」

「ちょっ、謝んなって! 私が勝手にやったことだしさ」

「それでも君が守ってくれなければ、母さんが死んでいたかもしれない。君は母さんの命の恩人で、それは僕にとって自分の命の恩人に等しい」


 だから僕は決めていた。

 彼女が目覚めたらこう伝えようと。

 まずは感謝を。


「ありがとうミラ。僕の大切な人を守ってくれて」

「うん」


 続けて彼女の手に触れ、誓いを。


「あ、アクト?」

「君にはもう、痛い思いなんてさせない。たとえこの先何があろうとも、僕が君を守ると誓うよ」

「な、なっ……」


 ミラは過去最高の赤面を見せてくれた。

 それを見た僕も恥ずかしくなる。

 自分の言葉がプロポーズじみていたことに、後になって気が付く。


「い、今のはその……他意はないから」

「わ、わかってるって! ありがとな、アクト」

「うん」


 彼女は笑顔を見せる。

 性格も容姿にも、何もかも違う。

 だけどこの笑顔だけは、母さんの笑顔とよく似ていた。

 他意はない……そう、他意はない。


 今はまだ。

 

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これにて第一章は完結となります。

いかがだったでしょうか?

少しでも面白いと思って頂ければ嬉しいです。

よければ評価もしてほしいです!


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生まれてすぐ捨てられた王子の僕ですが、水神様に拾われたので結果的に幸せです。 日之影ソラ @hinokagesora

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