【3分で読める不思議な話】ノラ猫 めーたん の憂鬱

松本タケル

ノラ猫 めーたん の憂鬱

 『めーたん』 は猫である。飼い猫ではない。佐久間さんのお宅の外でエサをもらうノラ猫だ。 『めーたん』 という名前は高校生の娘さんが付けた名前だ。めーたんは右目がつぶれて見えなくなっていた。傷は治っているようだが、明らかに見えていなかった。


 そんなあだ名は本望ほんもうではないかもしれないが、めーたん自身は左目だけで問題なく生活できているようだった。佐久間さん家でエサを食べるようになったのは約1年前だ。

「うちで飼えればいいんだけど」

 奥さんは時折そう話しかける。めーたんは少し離れて聞いている。佐久間家は3匹も猫を飼っている。伝染病が心配なのでノラ猫を家に入れるわけにいかない。家の前でご近所に見つからないようにエサをあげるのが精一杯だった。


 お腹がすいたら玄関の前に立っている。家の中から見えるドアのすりりガラス越しのシルエットが滑稽だった。

「めーたん、きてるよ」

 佐久間家でよく聞かれるワードだ。そして、誰かがコッソリとエサを出すのだ。

「エサ出しておいたよ」

 旦那さんが言うと、

「 『エサ』 じゃないよ 『お食事』 だよ」

 と奥さんが訂正する。猫好き家庭にありがちな猫の擬人化だ。佐久間さんのお宅はそれほど大きくない一軒家だ。通勤には少々不便だが郊外の住宅街にある家を購入したのだ。自然が多く、住みやすかった。


  『めーたん』 はお食事を終えるといなくなる。居付いつかれても困るのでちょうどよかった。家の近所には比較的大きな公園がある。そのどこかに住みかがあるのだろう。


 そんな 『めーたん』 だったが、1か所だけ佐久間家でお気に入りの場所があった。駐車場に置いてある木箱の上だ。駐車場の隅に置かれた高さ1mほどの木棚。10年前に引っ越してきたときに買ったものだ。『めーたん』 はお食事の後、時々その上で日向ひなたぼっこをしていた。奥さんはよく2階のベランダからその様子を眺めていた。

 

 長期休みをに大掃除をすることにした。

「駐車場の木製の棚、だいぶボロボロになってきたので捨てようか」

 と旦那さんが言った。

「そうね。もう崩れそうだし。 『めーたん』 には申し訳ないけど」

 木の部分が腐っており持ち上げると崩れそうなほどだった。

「市の回収に電話してみるよ。有料だけど回収してくれるはずだから」

 旦那さんは市の回収窓口に電話した。


「有料の回収券を貼っておけば、トラックで回収してくれるそうだよ。木棚だと1200円分だって」

「自分たちで捨てるのは大変なので1200円でも仕方ないわね」

 回収日までは1週間ある。それまでに近くのスーパーで市の回収券を買うことになった。


 その晩。相変わらず 『めーたん』 がお食事に現れた。

「めーたん、ごめんね」

 奥さんは皿にエサを入れながら離れてチョンと座っている 『めーたん』 に話しかけた。

日向ひなたぼっこしている木の棚、捨てちゃうことになったの」

 少し申し訳なさそうに言った。

「回収してもらうの。1200円で。 『めーたん』 が買い取ってくれるならいいけど」

 めーたんはキョトンとして聞いていた。

「あと1週間、楽しんでね」

 代わりの棚を置く案も出たが、それほど入れておく物はなかった。大きな家具類は捨てるのが大変なので、もう駐車場には棚を置かないとの結論になっていた。


 翌朝。

「お母さん、駐車場の棚ってもう処分したの?」

 通学のために家を出た娘さんが戻ってきた。

「いいえ、回収は来週のはずだけど」

「でも、無くなっているよ棚」

「うそ?」

 二人で見に行くと棚がなくなっていた。

「あれ?」

 棚があった場所に何か落ちている。


「気持ち悪い。バッタが2匹とヤモリが1匹。どっちも死んでるけど」

 娘さんが言った。

「そうか、そういうことね」

 と奥さん。

「なに?」

「これが 『めーたん』 にとっての1200円ってこと」

 娘さんはキョトンとしていた。


「どうやって運んだのかな?」

 娘さんを見送った後、家に入りながら奥様はつぶやいた。


「そうそう、メッセージ入れなきゃ」

 旦那さんに猫のスタンプと共にSNSでメッセージを入れた。


 ―回収券はもう買わなくていいですよ

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