第62話 マーカスたん

 寄宿舎に駆け込むアリエーヌ。

 マーカスの部屋のドアをけ破った。

 しかし、そこにはマーカスの存在は無かった。

 ならば、マッケンテンナ家の実家に戻っているということはないのだろうか?


 もう日が暮れた食事時、マッケンテンナ家の女当主ドグスは、愛息子のマーカスたんと食事の最中だったのだ。

 デブい体を揺らしながら、グラスのワインを揺らし香りを楽しんでいた。

 そんな折、玄関が激しい音を立てたかと思うと、女の叫び声が上がった。

「マーカスは戻っておるのか!」

 ドグスは、一瞬、体面に座るマーカスたんを見つめるも、懸命に上等なステーキを食べている様子に、笑みを浮かべた。

 どこのどいつやねん! うちのマーカスたんを呼び捨てするドアホうは!

 ドグスは、マーカスたんをテーブルに残したまま、単身で玄関へと向かう。

 そこでは複数の女たちがマーカスは戻っているかと玄関先で叫んでいた。

 それを、マッケンテンナ家の従者たちが懸命にとりなしている。

 ドグスは、そんな女を見ると、少々焦った。

 誰かと思えば、キサラ王国第七王女アリエーヌさまである。

 そんなアリエーヌさまが、こんな夜分にドアを開けるや否や、血相を変えて怒鳴っているのだ。

 あの替え玉の小僧! 何をしやがったんや!

 内心そう思うも、それを顔出すわけにはいかない。

 状況が分からぬ今は、とにかく時間を稼ぐのが賢明だ。

「アリエーヌ姫様、マーカスは寄宿舎から戻っておりませんわ。何かございましたでしょうか?」

 戻っていないと聞いたアリエーヌは、今度は困った。

 母親であるドグスにマーカスは瀕死だと伝えるべきかどうか。

 心配をかけてはまずい。

 しかも、その原因が自分にあると分かれば、なおの事バツが悪い。

 今は、とにかくマーカスを探そう……

「マーカスが戻ったら伝えてくれなのじゃ。アリエーヌが探しておったと」

「わかりました。戻り次第、ご連絡させていただきますわ」

 アリエーヌたちは、マッケンテンナ家を後にした。

 ニコニコとアリエーヌたちを送りだしたドグスは、ドアが閉まった瞬間、血相を変えると従者に命令した。

「あのガキ! 一体何しでかしたんや! 今すぐ連れて来い! ウチの前に連れてこんかい!」



 それから、一年たったころであろうか……

 今日も天気がいい。

 太陽が、ぎらぎらと高い位置から街を照らす。

 通りにまかれた打ち水も、すぐに揺らめき、姿を消した。

 そんな暑い中、キサラ王国の城門を一人の小汚い青年がくぐった。

 青年の短髪の黒髪が風に揺れる。

 泥に汚れた作業ズボンが、さも金など持っていないと主張する。

 暑いからなのか、着る物がないからなのか分からないが、上半身はタンクトップ。

 おそらく元の色は白なのだろうが、すでに薄黒くまだら模様となっていた。

 しかも、この暑い季節に分厚いマントを羽織っているのだ。

 見てるだけでも暑苦しい。

 だが、そのマントの懐から赤いスライムが、興味深そうに街の様子を伺っていた。


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