第63話 けじめ
青年は、人出が多い道を歩いていく。
そして、その歩みは大きな広場にぶつかった。
その広場では、何かお祭りでもあるのだろう。
多くの露店が軒を並べて店を構えている。
そういえば、先ほどから昼日中だというのに、上空では花火が鳴りやまない。
通りを歩く人々の顔は笑顔が絶えず明るかった。
青年は、通りを歩くデブの男に声をかけた。
男は骨付きチキンをほお張りながら、嫌そうに振り向いた。
「私を誰だと思っているのですか! 【強欲の猪突軍団】のテコイ様ですよ!」
「【強欲の猪突軍団】? まぁいいや……と言うか、これはなんの騒ぎ何の?」
「あぁ、これですか、これはアリエーヌ姫様の婚約の式典の祭りですよ」
「へぇ、あのアリエーヌ……姫……さまが婚約したんだ。で……誰と?」
「ああ、うっとおしい! 英雄! マーカス様だよ! マーカス様!」
「へっ! 俺?」
「お前は馬鹿か! お前の訳ないだろうが! お前は【マーカス=マッケンテンナ】か?」
「うん? 俺は【マーカス=マッケンテンナ】だと思うんだけど……たぶん……」
「なら、同姓同名だ! まぁ、あの魔王討伐の英雄と同姓同名とは、あなたも苦労しますね! ワハハハハハ」
と言いながら、テコイと言った豚男は、酒樽が積まれた屋台へと歩いて行った。
俺は悩んだ。
アリエーヌは、どうやら【マーカス=マッケンテンナ】と婚約をしたようである。
だが、俺はここにいる。
ということは、婚約したのは別の【マーカス=マッケンテンナ】なのだろう。
確かに、世界を探せば同姓同名の男など何人かはいるだろう。
だが、あの豚男は言っていた。
魔王討伐の英雄だと。
ということは、やっぱり俺の事だよね……
実は、討伐はしてないんだけど、まぁ、細かいことは気にしない。
あの魔王【ドゥームズデイエヴァ 】ことイブと戦った時、黒き光の中で消し飛んだ。
確実に意識は消えたのだ。
だが、かすかに聞こえる女の子たちの声。
俺を必死に探す幼き声。
そんな俺の意識に、二つの小さな手が触れた。
それから、ぼんやりと、目の前が明るくなっていった。
小さな点であった光が、徐々に徐々に広がっていく。
それはゆっくりとしたスピードで。
何かが見えたとしても、それが何であるかと認識できない。
ただ、目の前が明るくなっていく気がしていた。
体も動かない。
というか、体の存在を感じない。
ただ、意識だけが浮いているというような感じだったのだ。
そんな時、懐かしい声がした。
「よかった……よかった……」
女の人のすすり泣く声だった。
それから、俺の口に何かが毎日注がれた。
だが、口は動かない……
その口から何かがこぼれ落ちていく感覚が分かった。
「これは……特性タタキのスープ……すきでしょ……」
それからどれだけ時間がたったのだろうか。
繰り返されるその行為。
口の中に肉の味がかすかに広がるのが分かった。
細切れになった肉の感触……なんだか、懐かしい……
それから、さらにどれぐらいたったのだろう。
俺の意識がハッキリと、周りの風景を認識した。
上半身を起こす俺。
辺りをゆっくりと見回す。
まわりは、粗末な小屋。
いや、小屋と言うより、おれを取り囲むだけに作られたような木箱だった。
その入り口には、外気を閉ざすかのように布が幾重にも垂れていた。
その外からガサっという音が聞こえた。
俺は、いまだに重い体を引きずりながら布をめくった。
そこには先ほどまで誰かがいたようなぬくもりが地面に残っていた。
そして、そのぬくもりの横に一つお椀。
お椀の中には、細切れになった肉と野菜を煮込んだスープがつがれていた。
俺は、周りを見渡した。
しかし、そこには誰もいなかった。
よほど俺は腹が減っていたのだろうな。
俺は、そのお椀のスープに顔を突っ込み犬のように貪った。
何だか本当に懐かしい味だ。
俺の目からは自然に涙がこぼれ落ちていた。
それから毎日のように、スープの入ったお椀が木箱の入り口に置かれていた。
俺は、それを毎日すすった。
そんな俺の傍には握りこぶし一個分ぐらいのレッドスライムが片時も離れずに眠っていた。
そのレッドスライムは真っ赤というほど赤いわけではない。
かといってピンクというほど淡いわけでもなかった。
いうなれば、その中間の赤ピンクといったところだろうか。
そのレッドスライムは、時折、目を覚まして微笑むものの、すぐさま眠りについてしまう
俺は、起きるタイミングを見計らって、スプーンでそのレッドスライムにスープを分け与えるのが日課になっていた。
いつも半分こ。
残ったスープを俺が飲む。
俺は、思い出す。
最後の記憶を必死に手繰り寄せた。
確か俺は、イブの代わりに黒き光の柱の中に入ったはず……
だが、思い出そうとするたびに頭痛がする。
そのあたりの記憶を呼び起こそうとすると、気持ち悪くなる。
だが、そこ以外の記憶は、ほぼ昔通りに戻っていた。
アリエーヌの顔。
母の顔。
会いたい……
立ち上がり、歩けるようになった俺は、レッドスライムを連れて小屋を後にした。
小屋に書置きを残して。
『今までありがとう 母さん』
おそらく、マーカスとして送り出した母さんの、一つのけじめなのだろう。
俺がマーカスである間は、決して会わないという。
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