第58話 消えた光

 目の前でヒイロ=プーアが消えた。

 光の粒がまるで蛍のように上空に昇っていくと、輝きを終えた。

 真っ暗になる空。

 星空だけが、何もごとなかったかのように輝いていた。

 イブとラブは、先ほどまでヒイロが立っていた空間の前で額を地面につけて泣き叫んでいた。

 二人の鳴き声が、しーんと静まり返る夜空に消えていく。

 二人の手が、地面を叩く。

 どうして……

 どうして……

 大声で泣くしかできなかった。

 ヒイロが代わってくれたから、イブは生きている。

 そんなことは分かっている。

 おそらく、ヒイロの命でしっかりと結ばれた新たな封印。

 モンスターを作り出していた黒き霧は、もう漏れだすこともないだろう。

 だからどうした……

 結ばれた封印の守り人。その義務を放棄すればイブもラブも永遠の命を失う。

 だが、その覚悟をすれば、人間の世界に出ることができるのだ。

 新しい世界で、皆とともに笑え、それがヒイロの遺言

 だけど……何の意味がある……

 ヒイロのいない世界に何の意味がある……

 二人の手は、地面を固くつかむと、土を握りしめていた。

 ヒイロがいない世界が明るいわけはない。

 ヒイロがいない世界に出て、笑えるはずがない。

 ヒイロがいない世界は辛いだけ。

 何もない世界……ヒイロがいない世界には何もない。

 ヒイロにあいたい……

 戻ってきて……ヒイロ……


 うずくまり泣いていた二人の声がいつしか消えていた。

 小刻みに震えていた肩も、いつしか止まっていた。

 ラブは何かを思いついたように立ち上がった。

 イブもまた、同じように立ち上がった。

 双子の二人は、おそらく同じことを思いついていた。


 自分の命を捧げよう。

 この封印を守る限り、失われることないこの永遠の命を。

 永遠の命を代価として、消えたヒイロの命を転嫁する。

 おそらく、その代償に自分は消えるだろう。

 ラブは思う。

 だけど、そこにはヒイロとともに……イブがいる。

 イブも思う。

 私がいなくなっても……ラブがいる。


 そんな二人の体が光りだした。

 今まで経験したことが無い不思議な現象。

 ラブとイブは自分の手を確かめるように見つめた。

 これは何?

 二人を包み込む温かい光。

 でも、温かい……

 とても心地いい……

 その光が何なのかは二人には分からない。

 だが、この光によって、もしかしたらヒイロを連れ戻せるかもしれない。

 二人が協力すれば、奇跡が起こるかもしれない。

 そんな、根拠もない希望が二人を笑顔にする。

 ヒイロ……

 ヒイロ……

 互いに向き合った二人は前に手を突き出した。

 互いにつながれた手。

 二人の体はさらにまぶしい光に包まれた。

 そして、ゆっくりと浮かぶように空へと昇る。

 ラブ……

 お姉ちゃん……

 一緒に行こう……ヒイロのもとに

 一緒に迎えに行こう……ヒイロを

 その瞬間、二人の体は、はじけるように消えた。


 その光景をスギコは見ていた。

 ヒイロと魔王との激しい戦闘。

 その衝撃の余波、スギコの体は満身創痍であった。

 外れた肩を必死で押さえ、黒く炭になった木の幹に体を任せる。

 額から垂れ落ちる生血が、ススとほこりで汚れた頬に流れていく。

 ここまでボロボロの状態になったのは、特殊清掃部隊で大型種のモンスターと戦った時以来だ。

 だが、特殊清掃部隊で培われたダメージへの対処法は、スギコが拒もうが体に染みついていた。

 そのおかげで今、スギコはかろうじて意識を取り付けていたのだった。


 しかし、スギコの目の前で、ヒイロが消えた。

 愛する息子が消えた。

 愛するユウヤの息子が消えた。

 守ると決めていたのにもかかわらず……光となって消えたのだ。


 今まで、ダメージに堪えてきたスギコの緊張が、パンと弾けた。

 崩れ落ちるスギコの体。

 大声で叫びたいのに、声が出ない。

 涙を流したいいのに、涙も出ない。

 ただ、大きく開け広げられた、目と口から、わずかな声が震えるのみ……

 その場に駆け付けたい……

 だけど体は動かない……

 ヒイロが消えた……

 ウソだ! 嘘だ! うそだ!

 この眼で、確かめるまで、それは真実ではない。

 スギコは、潰されたカエルのような嗚咽を上げながら、這えずった。

 無様な姿で這えずった。


 そんなスギコに目の前が、ぱっと輝く光で明るくなった。

 先ほどまでヒイロがいた場所で、二人の少女が光り輝いているのだ。

 その光との距離はまだ遠い。

 だが、その様子は、暗い空間の中に浮き上がるかのようにはっきりと見えた。

 まるで天使のように美しい。

 向き合う女の子は、優しいほほ笑みを浮かべている。

「一緒に行こう……ヒイロのもとに」

「一緒に迎えに行こう……ヒイロを」

 スギコには、そう聞こえたような気がした。

 いや、聞こえたのだ。

 そう言い終わると、二人の女の子の体はさらに光を増して宙に浮き弾けて消えた。


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