第57話 プーアの想い

「なんで……なんでなのよ……」

 俺のかすんだ視界に、泣きながら俺を必死に掴もうとするイブの姿。

 それを泣きながら必死に押さえるラブの姿。


「やかましい! お前は今まで一人で悲しんだんだろうが! なら、これからラブと残った命を一緒に楽しみやがれ! この封印の始末は俺の命でつけてやる」

「始末をつけるって、人間のお前では数分も持たんぞ!」

「フン! これがおそらくババアの想いなんだよ。あの時、救えなかったもう一人。その一人を助けたいという想いを俺が果たして何が悪い!」

「そんなことをしてもお前になにも得るものはないだろうが!」

「俺たちプーアの者は、今まで十分ラブに救ってもらったんだよ……」


 洞窟の中からラブだけを連れ出したカーナリアは馬車に乗り黒い霧を抜けようと走っていた。

 黒い霧は、生きとし生けるものをモンスターへと変える。

 その発生源である封印の元へと近づいたカーナリアの部隊は、次つぎと正気を失い異形のモノへと変わっていく。

 だが、カーナリアだけは、人の姿のままラブを連れ出すことができた。

 発生源である封印を守る少女たちの元にまで行ったのにである。

 カーナリアも人である。

 変化が生じないわけはないのだ。

 だが、その変化はカーナリアには起きなかった。いや、正確にはカーナリアとつながっている別の命に変化をもたらしていた。

 そう、カーナリアのお腹の子供である。

 封印に最も近づいたカーナリアの子供は、黒い霧の影響を受け、腹の中でどんどんと変化していった。

 だが、その時のカーナリアは気づかない。

 黒い霧から出る頃には、カーナリアの腹の中の子は何か得体のしれないものになり、ついには溶けて死んでしまった。

 それを感じ取ったラブはその身を賭して救ってくれた。

 だが、誰もラブの事なんて知らない……

 だから、誰も瀕死のラブに回復魔法なんてかけてくれない……

 そんな見捨てられたような中、ラブは懸命に生き抜いた。

 小さく残ったひとかけらの自分の命。

 その命の炎を懸命に燃やして生き残った。

 おれの爺ちゃんの特殊な力に気づいたカーナリア。

 モンスターと通じることができる能力である。

 そんな爺ちゃんが、庭の片隅にいるピンクスライムと嬉しそうに話をするのだ。

 カーナリアは聞く。

 何を話しているのかと。

 そして、その時、カーナリアは知った。

 ピンクの目の女の子が自分の腹の子を救ってくれたことを。

 スライムを前に、頭をこすりつけて泣きながら詫びたそうだ。

「私はあなたに何もしてあげられなかった」

 スライムは、ピンクの目でニコッと微笑む。

「ううん……私は外の世界に出られた。明るい世界を見られた。そして、友達もできた。それだけで十分」

 ババアは、ピンクスライムを強く抱きしめ泣いていた。

 そして、ピンクスライムは常にプーアの者の傍につかず離れず寄り添ってくれたのだ。


「そして、いま、俺の傍にいてくれる。ここまでしてくれて、ラブの家族であるお前を救う理由にならないのか! 俺には、お前を救う義務があるんだよ!」


「ダメだ……私のために……もう……一人にしないでくれ……」

「お前にはラブがいる……家族がいるじゃないか……」

「プーアの者よ……」

「今度はちゃんと笑えよ……」

 その瞬間ヒイロの体が消え去った。

「だめだぁぁぁぁ!」

「ヒイロォォォォ!」


 ジジイから引き継いだ力。

 父が託してくれた力。

 カーナリアの残してくれた想い。

 もしかしたら、皆が俺に力を貸してくれたのかもしれない。


 ヒイロが消し飛ぶとともに、黒き光の柱は急速に細く収束した。

 そして、最後に細い糸になったかと思うと、暗い空間にすっと消えた。

 だが、そこには何も残っていない。

 ただの大地、封印の地があるのみだった。


 ヒイロは消えた。

 封印を戻すとともに。


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