第56話 黒き光の樹(3)
「何を言う!」
イブが、涙を流す目で俺をにらんだ。
「どうせお前! あの時、ババアが無理にでも引っ張っていってくれることを願ったんだろうが! ラブがお前を迎えに来てくれることを願ったんだろうが! そして、自分もラブと同じように周りに笑顔があふれることを願ったんだろうが!」
「それの何が悪いというんだ!」
泣きじゃくるイブの声は、もうすでに判然としない。
「ボケェぇぇ! 何もせずに、全てが手に入ると思うな! 弱虫娘! ババアの手を取る勇気がなかったんだろうが! ラブに会いに行く勇気がなかったんだろうが! みんなに微笑む勇気がなかったんだろうが! 全てお前の根性がなかったせいだ!」
「うるさい! 何も知らないくせに偉そうにいうな!」
「しらねぇよ! お前らの事なんてしらねぇよ! だがな、寂しいと言って泣いていても誰も来てくれないぞ! 自分から笑え! 自分から微笑め! 自分から語りかけろ! やることやってから死にやがれ!」
「もう、今更遅いんだよ!」
「アホかぁァァァァ! いつだって遅いってことは無いんだよぉぉぉ! ボケェぇぇ! お前がそれを思った時が変わるチャンスなんだよ!」
「もう遅いんだ……私が消えれば封印は消える……もう遅いんだ。この光の中で私は消えていくしかないんだ……また、一人で……」
「グダぐだ言うな! 俺の手を取れ、今度こそ俺の手を取れ!」
「ありがとう……取れない……その手を取りたい……今、私がここを出れば、この光ははじけ飛ぶ。そうなれば、世界は完全に消滅するんだ。せめて、今からでも、私の命と引き換えに、この光を終わらせよう。それが、せめてものカーナリアへの償いだ」
そう言い終わると、イブの手が頭の上で組まれた。
それと共に、黒い光が渦巻く。
そして、地面に撒き戻るかのように吸い込まれ始めた。
これでいい……これでいい……
最後に、人の想いに揺さぶられた……
人の想いとは、こんなに温かいモノなんだ……
もっと触れてみたかった……
もっと優しい気持ちになってみたかった……
でも、私の生きた思いが、ほんの少しだけど、この人の中に残る……
それでいい……それでいいじゃない……
私というちっぽけな存在が、誰かの心にお邪魔する……
こんな夢みたいなことが起こるんだ……
私は一人じゃない……
小さな私が、この人と共に生きるんだ……
あぁ、私は一人じゃない……
「またか! この弱虫娘が! ああ! うっとおしい!」
俺は光の壁の中へと腕を突っ込んだ。
瞬間襲う激痛に歯を食いしばる。
ぐぅうぅぅっぅぅ!
光の中に突っ込まれた俺の腕が引き裂かれていく。
いや、引き裂かれるというより、まるで紙の短冊のように簡単に破れていく。
俺の腕の皮膚が禿げ飛んで、肉が裂けるのだ。
激痛と言うより脳天を突き抜けるような鈍痛が全身を覆う。
筋肉がちぎれていく。骨がきしむ。
今にも意識がどこか遠くに持って行かれそうだ。
だが、必死にこらえた。
ギチギチと噛みしめていた奥歯が砕ける。
口の中に納まりきらない血液が口角から漏れ落ちる。
やっとのことで届いた俺の手がイブを掴んで引きずりだした。
そして入れ替わるように俺の体が黒き渦に突っ込んだ。
ぐぅぅううぅ!
全身の皮膚が消し飛んでいく。
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