第55話 黒き光の樹(2)

 ラブは叫んだ。

「やめて! お姉ちゃん!」

 ラブは知っていた。

 イブの体が消えた時、この世界は全てモンスターとなることを。

 そして、何よりも、イブの命が消えることを。

 ――お姉ちゃん……どうして、私を置いていくの……ただ、私はみんなで仲良く暮らしたかっただけ……なのにどうして……


 イブは笑う。大粒の涙を流しながら。

「もう遅い!」

「そんなことをしたら、みんなモンスターになっちゃうんだよ。そしたら、お姉ちゃん死んじゃうんだよ!」

「私が一人ぼっちの世界なんて消えたらいいんだ! いつも私ばかり、一人だけ! そんな世界なんていらない!」

「お姉ちゃんは一人じゃないよ!」

「ウソをつくな! ラブお前だって、あの時私を捨てていったじゃないか!」

「だって、お姉ちゃんが行きたくないって!」

「だったら、お前が残ってくれたらよかったじゃないか! それまでと同じように、ずっと二人で一緒に」

「私だって、お姉ちゃん以外のみんなと仲良くしたいよ!」

「私だって、あの時差し出されたカーナリアの手を握りたかった……」

「なら、私と一緒に来たらよかったじゃない!」

 イブは思い出す。

 カーナリアが向けてくれた笑顔。

 人間が初めて自分に向けくれた微笑み。

 人が皆、このような優しき顔で迎えてくれたならば……私は怖くなかった

 でも、私は人間とは違う……

 やっぱりこの姿は、忌み嫌われ避けられる……

 そして、恐れられ……憎まれる……

 殺されるかもしれない……

 この地を離れれば私は不死でなくなる。

 そう……死ぬのだ……


「怖かったんだ……」

「……」


 ……そして、おびえる私は一人になった……

 寂しい……

 孤独な闇……

 無音の時間……

 まるで、自分の体が、干からび朽ちていくような気がする。

 こんな感覚が永遠に続くのか……

 一人もまた怖い……


「私は、死ぬのも一人になるのも怖かったんだ……だから、お前の真似をして、仲間を作った。でも、満たされない。満たされないんだよ……」

「なら、お姉ちゃん! 今からでも一緒に行こうよ……」


 あの時、ラブと一緒に行けばよかったのかもしれない……

 だが、霧の外に出たラブは、おそらくひどい迫害を受けてきたはずなのだ。

 私の心にラブの悲痛な叫びが、たびたび流れ込んできた。

 そのたびに、それ見たことかとラブの事をあざ笑った。

 でも、時折あふれる満ちたりた心。

 温かい気持ち。

 優しい気持ち。

 それが、ラブから伝わってくる。

 そんな時、決まって私の頬を涙が濡らしていた。

 私も、恐れずにカーナリアの手を掴んでいればよかったのだろうか。

 封印の事など気にせず、私も外の世界に飛び出せばよかったのだろうか。

 そうすれば、今のラブのように笑顔になれたのだろうか。

 でも、もう、カーナリアはいない……

 時間は戻らない……


「もう遅いんだよ……すべてが消える。私とともに消える。これでいいんだ、これで」


 俺は大声を上げた。

「フン! 何がいいんだ! この弱虫娘が! ただ、お前は、自分を構ってほしかっただけだろうが!」

 だが、恰好はつけたはいいが、俺の体はふらつき、立っているのがやっとの状態。

 目の前のイブの姿すらかすんでいた。

 しかし、ココで引き下がるわけにはいかない。

 この娘たちが、ババアの話に出てくる二人ならば、俺がきっちりけじめをつけてやらねば。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る