第54話 黒き光の樹(1)

「イブお姉ちゃん……」

 ピンクの目の女の子はイブと呼ばれた赤い目の女の子に手を伸ばす。

 だが、ラブの伸ばした手は、ビシっという音ともに払われた。

「ラブ! あなたも一人にしてあげるわ!」

 イブは、ラブとよばれたピンクの目の女の子をキッと睨みつけた。

 覚悟を決めたかのように唇をかみしめる。

 そして、両の手を上空に大きく掲げたイブ。

 その途端、その足元の地面にイブを取り囲むかのような黒い円が描かれた。

 そして、勢いよくその上空へと向かって黒い光柱が立ち昇った。

 ラブがとっさに手を伸ばすも、黒い光の壁に弾かれた。

「お姉ちゃん封印を解いちゃダメ!」

「もういい! もう、どうでもいい! すべていなくなれ!」

 黒い光の柱の中で大笑いをするイブ。

 だが、なぜかの赤い目からは大粒の涙がとめどもなく流れ落ちていた。


 黒い光の柱。

 それは、世界のすべてをモンスターに変えるもの。

 太古の昔、神々がこの世界を跋扈していたモンスターたちの魂をこの地に封印したものだ。

 その封印を封じ込める鍵として選ばれたモンスター。

 それがイブとラブ。

 汝のせいきたくば、この封印を守れ……

 それが、彼女らに課せられ呪い。

 封印を守る限り永遠の命が保証される。

 だが、封印が破れるとき、その命も尽きる。

 しかし、長きの時間でその封印はほころんだ。

 黒い光が黒い霧となって漏れ広がったのだ。


 そんな時、ラブは思った。

 どうして、モンスターたちは神々に封印されたのだろうと。

 きっと、人間たちと喧嘩をしたからだ。

 モンスターは人間の気力をもらって生きることができる。

 ならばともに手を取り合って生きていけば、神々も許してくれるのではないだろうか。

 ならば、こんな封印を守る必要もないじゃない。

 永遠の命も欲しくない……


 イブもまた思う。

 どうして、モンスターたちは神々に封印されたのだろうと。

 それは、おそらく互いに憎しみ殺しあったから。

 そして、神々は選ばれたのだ。

 モンスターでなく人間たちを。

 だから、モンスターたちは封印された。

 この封印が解かれれば、また、憎しみが連鎖し増幅する。

 そして、今度こそ神々は許されない。

 おそらく、モンスターを全て消し去ってしまうだろう。私たちもろとも。

 ならば、この封印は守るしかない。

 生きるために……


 だが、今、黒き光の柱に包まれたイブの考えは違っていた。

 もう、人間もモンスターもどうでもよかった。

 神々が、どう思おうとどうでもよかった。

 封印が解けることによって己が命が消えようとどうでもよかった。

 どうせ、私は一人なのだ。

 全ての生き物がモンスターに変わり、互いに憎しみ合えばいいのだ。

 憎んで憎んでみんな私と同じように孤独になればいいのだ。

 私のように……

 そんな殺伐とした世界の中で、自分は一人で死んでしく。

 封印を解くと同じくして死んでいく。

 何と寂しい一生なのだろうか……

 寂しい……

 でも、みんな寂しいんだ……

 私だけじゃない……

 そしてこれから、みんな孤独の中で死んでいくのだ。互いに互いを憎しんで……

 寂しい……


 イブが胸に手を組み、封印を解き放つ。

 イブの命を鍵として、さらに光が輝きを増していく。

 その光は、大きな黒い木となった。

 この世界で最も大きな木

 まるでこの世のすべてを見渡せるかのような大きな樹木


 世界中の人間たちは、突然、夜空に現れた黒く輝く大きな木を見上げていた。

 暗闇の中で、大きく成長していく大木。

 だが、その大木は星のように輝くわけではない。

 それどころか、夜空にある星の瞬きを、その黒で塗りつぶしていく。

 そこには深淵なる黒い闇があるのみ。

 ただただ、黒い木の影が大きく広がっていくのだ。

 だが、人の目にはそれが輝いて見えた。

 黒い光……

 それは終末の光

 未来を見つめる者には、絶望の光に見えった。

 生きとし生ける者には、死の光に映った。

 その先には何もない闇。

 人々は、その黒き光に恐怖した。

 天空に伸びる漆黒の大木に畏怖した。

 だれしもが、魔王によってこの世界は終末を迎えたと確信した。

 人々は、誰に言われるでもなく自ら膝まづき神々に祈りを捧げだす。

 神よ……我らを救いたまえと

 異形の命は無慈悲に奪うのに、自らの生には慈悲を渇望する。

 ただ、その思いは人々にとって論ずるまでもなく自明の事であった。


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