第37話 主人公死す!

 必死の俺は、周囲をとっさに観察する。

 研ぎ澄まされた集中力が、コンマ数秒の世界で分析する。


「192550604……」

 円周率を唱えながら俺をボコっていたグラス。

 奴の身にまとうコスチュームは玄武。

 鉄壁の防御を誇るコスチュームだ。

 そのため、攻撃力は大したことがない。

 実際に、俺をひたすらボコっているのであるが、まるで気づかなかった。

 でも、必死に俺のわき腹をボコっている姿は……可愛い……

 いやいや、俺にはアリエーヌ姫を守るという使命が……

 だが、俺の明晰な頭脳が、状況打破の解決策を導き出した。

 これは使える!

 俺は、咄嗟にグラスの腕をつかんだ。

 そして、勢いをそのままに引き寄せる。

 俺の両の手がグラスの背中に回ると、ギュッと抱きしめた。

 そして、そのグラスのぺったんこの胸に顔をうずめた。

 あぁ、なんかいい匂いがする……

 これが女の子の匂いか……

 俺を見下ろすグラスの頬が真っ赤に染まる。

 いつしかグラスの口からつぶやかれていた円周率が止まっていた。

 グラスの表情が、驚きから優しい表情に変わる。

 そうか……そうなのか……僕の事……

 グラスの両の手が俺の背中に回ろうとした時であった。

 ゴン!

 鈍い音があたりに響いた。


「もう、痛いなぁ……」

 頭をこするグラス。

 グラスの頭をグラマディの聖剣がどついていた。


 だが、その瞬間、ものすごい剣圧が地面の上を走り抜けた。

 もう、一瞬で世界が割れるかのような地響き。

 グラスの影に体を小さくして隠れていても、その空気の振動で俺の体がビリビリと震える。

 死ぬぅぅぅ……

 死ぬぅぅぅ……

 死んじゃうよぉぉぉ……

 後ろを振り返った俺は知った。

 コイツは絶対に敵に回してはいけないと……

 俺の背後には、地面の裂け目が遠くの山にまで一直線に伸びていた。

 その深さ……足元から転がり落ちた石の音すら帰ってきません……

 ひぃぃいっぃ!


「グラスはん! 大丈夫か! すぐに、うちが回復魔法かけてあげるやさかい!」

 グラスの頭に聖剣が打ち付けられた様子を見たキャンディが、慌てて手を挙げた。

 その両手が大きな緑の光を膨らませる。

 この光! 回復魔法か!

 グラスと俺は、その光を同時に見上げた。

 まずい!

 俺は思った。

 おそらく、グラスも同じことを思ったことだろう。


 奴の回復魔法は、回復魔法であって、回復魔法でない。

 しかも、今は青龍の力で増幅されているのである。

 青龍の力は、魔力アップ+その攻撃にデバフをつける能力。

 ならば、キャンディの回復魔法でない回復魔法は、デバフの効果で、回復魔法に戻るのだろうか?

 グラマディの攻撃力が乗算であるのなら、キャンディの効果だって乗算であるはずなのだ。

 マイナス×マイナス=プラス

 すなわち、キャンディの回復魔法は、絶大な回復魔法になりうる!

 ……たぶん。

 なら、試してみるまでよ!

 俺は、咄嗟にグラスの手をつかもうとした。

 しかし、その手は空を切る。

 まるで、逃げる恋人の手を、あと少しのところでつかみ損ねたかのように空を切った。

 振り返りながら俺を見つめるグラスの目が、潤んでいた


 ごめんね……

 これで終わりなのか……俺たち……

 もう、戻れないの……

 そうか……


 そうかじゃねぇぇぇぇぇぇえ!


 一度キャンディの回復魔法によってマヒを経験したグラスのほうが反応が早かった。

 もう、グラスの反応は、まさに体の全細胞が拒否るかのような脊髄反射。

 しかも、朱雀によって付与されたスピードで身をかわしたのだ。


 緑の大きな光の玉が、俺の影を背後の地面に大きく描いていく。

 あぁ、俺を守るものは何もない。

 フルちんの俺は、まさに無防備……

 だが、あきらめるのは、まだ早い!

 キャンディの回復魔法が、回復魔法でないと決まったわけではないのだ。


 ならば受け止めてやろう!

 この俺が!

 この胸でその想い受け止めてやろうぞ!


 俺の魂が抜けた……


 地面に転がる俺の体。

 白目をむいて、フルちんでぶっ倒れていた。

 なぜか口から白い泡を吹いている。

 なるほど……幽体離脱とはこういうことなんだ。


 って、俺、死んどるがな!

 即死!

 お前の回復魔法は、即死魔法か!


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