第38話 大丈夫かコイツ

 あぁ、俺は天使に導かれ天国に向かうのね。

 先ほど天に吐き出された白い天使たちが、天から降りてくるようだった。


 あかーーーーーん!

 死んだら! あかーーーーーん!

 ここで死んだら、このお話終わってしまう!

 というか、何、この話、魔王討伐どころか、フルちんで即死って!

 こういう話なの、こういう!


 天使が俺の手を引っ張った。

 さぁ一緒に天国に行こうよと言わんばかりに、微笑んだ。

「だめっ!」

 女の子の声がした。

 それは、小さき女の子の声。

 幼女のような幼き声。

 だけど、ハッキリと聞こえる力強い声。


 その瞬間、俺の足が引っ張られた。

 俺を引っ張る天使たちの表情が、がらりと変わる。

 ひぃい!

 その天使の表情は、まるで仁王像。

 憤怒の表情浮かべるこいつらは、とても天使には見えない。

 天使は叫ぶ。

「滅びしものよ! 邪魔するな!」

 俺の足をつかむ幼女は叫ぶ。

「いや! 私は生きるの! ヒイロとともに生きるの!」

 その瞬間、俺の体は引きずり降ろされた。


 パッと目を開ける俺。


 そこには、四人の女の子が心配そうにのぞき込んでいた。

 そう、アリエーヌ、グラマディ、キャンディ、グラスだ。

 目を開けた俺を見るとホッとした表情を見せた。

「もう、マーカス……死んだかと思ったであろうが……」

 アリエーヌがそれとなく目をこすった。

「フン、お前弱いな……これからは……俺が守ってやるよ……」

 グラマディが背を向け、目をごしごしとこすっている。

「あぁ……堪忍や堪忍! なんか間違えたみたいや……おかしいなぁ?」

 少しは自分のせいだと思っているのか、キャンディは恥ずかしそうに下を向いてべそをかいた。

「よかった……」

 横たわるグラスは俺に抱き着いた。

 その目から止めどもなく零れ落ちる涙が、俺の頬を濡らした。

 その頭越しに、アリエーヌのつらそうな表情が見えたような気がした。


 まさか!

 俺は、咄嗟に飛び起きた。

 俺は確かに死んでいた。

 あの臨死体験。

 おそらく心停止していたのは間違いない。

 なら、俺はどうしてここにいる?

 俺は、そばにいるはずのピンクスライムを探した。

 そこには、ピンク色の水たまりができていた。

 俺は、咄嗟に回復魔法をその水たまりにかける。

 間に合え!

 間に合ってくれ!

「回復薬!」

 俺の尋常でない命令口調に四人の女の子はびっくりした。

 四人は、先ほどとは異なる態度で、身に持つ回復薬を取り出した。

 俺はその回復薬を奪い取ると、口で封を次々とあけ、水たまりに突っ込んだ。

 反応がない……

 クソ!

 ならば奥の手!

「キャンディ、このピンクスライムに即死魔法を唱えろ!」

「えっ! なんでやねん!」

「ぐずぐず言うな! 言うとおりにしろ!」

 俺の剣幕に、キャンディはびくっと体を震わせた。

 そして、俺の言葉に従うかのように静かに魔法を唱えだす。


常闇とこやみ隷下れいか……

 無謬むびゅうなる牢番ろうばんよ……」

 上空に突き上げたキャンディの両の手が紫色の光をまといだす。

 その光球の周りから激しい紫電がスパークして飛び散った。


頌徳しょうとく賞賜しょうし……

 なんじにえを授けよう……」

 その光球は大きく広がっていく。

 その中心にまるで、漆黒の闇のような黒が広がっていく。

 ゆっくりと

 ゆっくりと

 その常闇から白骨の手が這い出してきた。

 まるで、キャンディの呼びかけに答えるかのように、


「喰らえ! 喰らえ! 喰らい尽くせ!

 質直しっちょくの命を空疎くうそに変えよ!」


 地獄の底から現れたかのような白骨の死神が紫色のローブをたなびかせ、いつしかキャンディの上空に立ち尽くしていた。

 その手に持つ長い鎌の柄が肩にかけられまっすぐに背後へと伸びている。

 先端では、麦刈り用に使うような大型の鎌刃が青白い光をまとっていた

 うつむくローブが、頭を上げた。

 頭蓋に穿たれた二つの洞に真紅の光が怪しく浮かぶ。

 まっすぐに見下ろすその視線は、見る者を凍り付かせる。

 恐怖をという言葉が肌を通じていやでも分かる。


「くらえ! ソウルイーータ」

 キャンディの叫び声とともに死神が、ピンクの水たまりに向かって大きく鎌を振りぬいた。

 本来であれば命を刈り取る鎌である。

 唱える者が唱えれば、一撃であの世行きの即死魔法なのだ。

 しかも、青龍の力でその効果は増幅されている。

 おそらく、場所が場所なら、街一つ分の命の煌めきを瞬間に刈り取ることだろう。

 だって、死神が狂ったように鎌をビュンビュンと振り回しているのだから……

 大丈夫か、こいつ……


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