第34話 スギコとアキコ(9)
スギコはアキコに相談した。
「私……ユウヤの事が好き……ごめんね、アキコ。あなたがユウヤの事を好きって知っているのに、どうしても押さえられないの……」
アキ子は、微笑むとスギコの肩を抱き寄せた。
「何言っているのよ。大丈夫よ。スギコ。おそらく私はあの人の子供を身ごもれない……あの人がいきていたという証を残すことはできない」
「アキコ……」
「ううん……気にしないで、これは汚い私の贖罪。二人の赤ちゃんを殺した罰なの。だからね、スギコ、私の事なんて気にしないでユウヤにいっぱい甘えてきなさい。もう、時間あまり残ってないわよ……」
日が暮れた部屋は、ランプの光で赤くぼんやりと照らされていた。
そんな真っ暗な窓をじーっと見つめるユウヤ。
ドアがガチャリと空いた。
そこには、ネグリジェをまとうスギコの姿。
部屋の中へと入るスギコは、ゆっくりとネグリジェのひもを引っ張った。
明かりランプの光の中にスギコの白い肌が浮かび上がった。
「抱いてください……」
震える声でスギコはつぶやいた。
ユウヤはそんなスギコを優しく見つめる。
「おいで……」
それからのユウヤとスギコは、残る時間を惜しむかのように肌を重ねあわせた。
まるで、線香花火の最後の輝きのように、懸命に互いを求めた。
泣きながら、何度も何度も。
ユウヤは微笑みながら言うのだ。
「何がそんなに悲しいんだい?」
「あなたがいなくなると思うと、怖くてたまらない。この温もりが二度と戻ってこないと思うと怖くて怖くてたまらない」
「大丈夫だよ……スギコは強いから」
「私は、強くない……強くないよ……」
「きっと大丈夫だよ……僕たちの子供が何とかしてくれる……」
「気づいていたの……」
「あぁ、だって、君から元気な男の子の気の流れを感じる。きっと君に似て優しい子だよ」
「私じゃない! それはきっとユウヤに似て優しい子なんだよ!」
「なら、二人に似て優しい子だね……」
ヒイロが生まれてすぐ、ユウヤは死んだ……
微笑むような笑顔をたたえて、冷たくなった。
スギコは、アキコの胸にヒイロを押し付けた。
「抱いてみる?」
アキコは、恐る恐るヒイロを抱いた。
その瞬間、大粒の涙が零れ落ちる。
泣き崩れた顔から、声が漏れ落ちる。
「小さいね……小さいね……」
「うん、小さいね……」
「温かいね……温かいね……」
「うん……」
「わたしの赤ちゃんも、こんなに小さかったのかな……」
何も言わないスギコ
「わたしの赤ちゃんも、生まれたかったのかな……」
スギコはアキコの体をギュッと抱きしめた。
「大丈夫、大丈夫、きっと天国でユウヤさんと遊んでいるから、きっと大丈夫」
「スギコ、この子の名前は?」
「ヒイロ……ヒイロ=プーア。人間と魔獣をつなぐもの……そして、私たちの子供よ」
だが、そんな二人の女の願いはむなしく時の流れに消えていく。
世界はどんどんと荒れていった。
まるで、その思いに逆らうかのように……
ユウヤがいなくなった世界。
それは人と魔獣の世界の架け橋を失った世界。
モンスターと人間が互いに憎み合い、互いに殺し合う世界。
生きるために殺す。
殺されないために殺す。
お互いの想いが、互いを傷つける。
違いを受け入れることができない不寛容な世界。
すぐ傍にある幸せにすら気づけない。
すべてを失い、絶望するまで気づかない。
虚無の中で神に懺悔するのだ。
己の犯した愚かさを
そして、また繰り返す。
だが、それが生きるということ……
生きて、生きて、生き抜くということ……
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