第30話 スギコとアキコ(5)
「馬鹿じゃないか! そんなことあるはずないだろ! モンスターといっても、生き物、腹が減るに決まっているじゃないか!」
いまだ信じられないスギコは、懸命に自分を言い聞かせる。
これは現実じゃない。
こんな非現実的な世界があるわけがないんだと言わんばかりに。
「そうだね……確かに魔獣たちも腹は減る。でもね、人間と一緒にいれば、彼らは、人間から生きる気力をもらえるんだ……げほ」
「どういうことだ」
「魔獣たちは、人間と争えば争うほど、人間を襲わないといけない。だって腹が減るんだから……でもね、人間とともに暮らせば、その共にいる人間から気力をもらえるだよ。だから争う必要なんてないんだ……げほ、げほ」
口に手を当てせき込む少年。
そんな少年を心配したのだろうか。
「お前、体調悪いのか……」
「うん、体調悪いというか、おそらく僕の命は、そんなに長く持たないんだ」
「どういうことだ?」
「この子たちに僕の気力を与え続けているからね……げほ」
スギコは、とっさにあたりを見回した。
この数のモンスター全部にか?
そこには200匹、いや、300匹、草原の陰で見えない小型種の存在まで考えるとゆうに1000匹はいるだろう。
それをこの男が一人で気力を与え続けているというのか……
そんな馬鹿な。
「なんで、そこまでする……」
「僕が、ここで彼らを見捨てたら、彼らはきっとまた、人間たちを襲いだす。空腹を満たすためには人間を襲うしかなくなるんだ……そうしたら、人間と魔獣たちが争ってしまう。そんなのは嫌だ……」
スギコは思った。
魔王が生まれたという数十年前。
人間たちは、ネズミのように隠れ住んでいたという。
だが、ここ十数年モンスターの脅威は影を潜めていた。
それは、自分たち特殊清掃隊の功績が大きいのだと信じていた。
そして、そんな自分たちが王国の平穏を守っているのだという自負心があったのだ。
だがもし、この少年の言っていることが正しければ、それはただのまやかし。
すべては、この少年が一人で、皆を守っていたことになる。
誰にも感謝されることもなく、王国の皆を。
そして、モンスターたちもまた、同様に人間の脅威から守り続けていた。
己が命を犠牲にしてまで……
目の前に広がる光景。
モンスターたちの幸せそうな表情を見るとどちらが真実かなど言われなくてもすぐにわかる。
私は一体、何をしてきたんだ……
この少年に比べて私は一体何を守ろうとしてきたんだ……
うなだれるスギコ。
もう、そこには先ほどまで感じていた魔獣への恐怖は消えていた。
「帰る……」
スギコは力なく街のほうへと歩き始めた。
「僕の名はユウヤ! 【ユウヤ=プーア】 気の名は?」
「スギコ……ただのスギコ」
スギコには、苗字がない。
物心ついた時には、特殊清掃隊の訓練の毎日だった。
親がどうなったのかは知らない。
別に知りたいとも思わなかった。
「ならスギコ! ここのことは、絶対に秘密だよ」
少年は、スギコに念を押す。
スギコは、了解したといわんばかりに後ろ手で手を振った。
それ以来、スギコは、時々、この場所を訪れるようになった。
ユウヤが魔獣たちの世話をする。
その様子を離れてみているのが好きだったのだ。
まるで、心が通じ合っているかのように、安らいだ。
あのドラゴンが、ユウヤに頬を擦り付けている。
ケロべロスが嬉しそうに尻尾を振って、ユウヤの周りを走り回っている。
ヒドラが八本の首で、ユウヤの荷物を運んでいる。
ユウヤがいう事は本当だったんだな。
だが、そんな安らぐ瞬間も、この時だけはなんか嫌な気分がした。
そう、エルフのアキコがユウヤの傍に近づいて笑うのである。
そして、嬉しそうに一緒に、魔獣たちの世話をしているのだ。
スギコの胸がきゅんと締め付けられるような気がした。
なんでモンスターの女と一緒に笑えるのよ。
アンタ人間でしょ。
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