第31話 スギコとアキコ(6)

 大きな岩の上で夕陽を見るスギコ。

 今日も一日この草原で何もしなかった。

 ユウヤの手伝いでもすればいいのであるが、側にアキコがいて近づきにくい。

 何か近づく口実でもあればいいのだが、魔獣たちは一向にスギコになつかない。

 まぁ仕方ない。

 今までさんざん魔獣を狩ってきたのだ、魔獣たちの死臭が染みついていてもおかしくはない。

 そんなスギコの頬を何かがなめあげた。

 ふと横を見ると、ケロべロスが嬉しそうな顔をしてスギコの顔をなめていた。

 ちょっとやめてよ……

 スギコが嫌がるそぶりを見せるも、ケロべロスは余計になめる。

 さらに身をよじるスギコ。

「君にもそんな笑顔ができるんだね」

 いつの間にかスギコの後ろにユウヤが立っていた。

「何よ! 私だっていつもかっつもしかめっ面している訳じゃないわよ!」

「そうだよね。みんな優しい顔を持っているんだ……ただ、それに気づかないだけ」

 意味深な言葉に優子は尋ねた。

「どういう事?」

「魔獣だって、優しい顔を持ってるんだ。そのケロべロスのようにね」

 スギコの横で、はっはっはっと息を吐きながら、振り切れんばかりに尻尾を振っていた。

 あのケロべロスが。

 ユウヤは続ける。

「でもね、人間は、その見た目で、心を閉ざすんだ。見た目が少し違うと言うだけで、その心を見ようとしない……」

 ユウヤの手がケロべロスの頭をなでると、残り二つの頭も催促するかのようにユウヤにすり寄る。

「その狭き心こそ、悪の根源だと思わないかい……」

「そんな難しいこと、私には分からないわ……」

 岩の上で、足をふるスギコは、うつむいていた。

 そんな理屈言われたって分からなかった。

 でも、こうやってユウヤとお話ができたことに少し、嬉しさが込み上げていた。

「ゆうやさーーーーん」

 遠くからアキコが呼ぶ声が聞こえた。

「今日はもう遅い、また、気が向いたらおいで、歓迎するよ。そして、もっと君の事を教えてよ。スギコ」

「私の事なんて……なにもないよ……」

 そう、私は空っぽの女……


 それからのスギコは、特殊清掃隊でモンスターが狩れなくなった。

 とどめを刺そうとした瞬間、あの草原の光景が目に浮かぶ。

 優しそうな眼のモンスターたち。

 このモンスターもあそこに行けば……

 私がやっていることは正義なのか……

 ただの虐殺じゃないのか……



 ほどなくして、スギコは特殊清掃隊をやめた。

 いや、やめざるを得なかったのだ。

 モンスターを狩れなくなった隊員は、ただのお荷物である。

 ゴキブリ一匹もつぶせん奴はうちにはいらん!

 隊長の一言で、スギコは今まで勤めてきた宿舎を後にした。

 すなわち、特殊清掃隊をクビになったのである。


 無職になってすることがなくなったスギコは、事あるごとにあの草原に出向くようになっていた。

 ユウヤとの距離が縮まったスギコは、ユウヤの手伝いをするようになっていた。

 魔獣たちの瞳ってこんなにきれいなんだ。

 一緒に見えていた魔獣たちに、それぞれ個性があることが分かった。

 スギコの笑顔が増える。

 そして、長い時間ユウヤとおしゃべりをした。

 プーア家の事

 ユウヤの事

 そして、スギコ自身の事。

 だが、そんなスギコをアキコは妬ましく思った。

 せっかくの安らぎの場に、人間の女がズカズカと分け入ってきたのである。

 しかも、自分を殺そうとしていた人間である。

 そんな人間が、この楽園にいることが許せなかった。

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