第29話 スギコとアキコ(4)

「くそ! 私をどうする気だ」

 その少年は、優しく微笑むだけ。

 だが、その笑みはどことなく病的なはかなさを醸し出していた。


 少年は、そっと、倒れたエルフに手をさし伸ばす。

 その手を取るエルフ。

「もう大丈夫だよ。名前はあるのかい?」

 エルフは、小さくうなずき答えた。

「アキコ……」

「そうかい、いい名前だね?」

 頬を赤く染め、うつむくアキコ。

 こんな優しい言葉をかけられたのは、いつ以来の事であろうか。

 でも、この男も人間である。

 おそらく美辞を並べ立てて、私の歓心を買うのだろう。

 だが、そんなことをする人間も珍しい。

 人間など、ペットのことなど何も考えない。

 ただただ、己が欲望を吐き出すだけなのだ。

 そう考えると、アキ子の体は委縮した。

 怖い……


 少年はアキコの手を優しく引きながら、スギコのほうへと歩み寄る。

「どうして君は、魔獣を狩るんだい?」

 魔獣?

 魔獣とはモンスターの事か?

「モンスターは人喰う害獣だ! しかも爆発的に増えるゴキブリだ!」

「仲良くできないのかな?」

「馬鹿か! 人を食うゴキブリと仲良くできるわけないだろうが!」 

「人を食うゴキブリか、はははっはは、面白いね」

「いい加減、離せ! 私を離しやがれ!」

「いいけど、暴れないでね。というか、暴れたら君……死んじゃうよ」

 少年は周りに目配せする。

 それにつられてスギコは周りを伺った。

 その瞬間、スギコの背筋に恐怖が走る。

 森の中に無数の目。

 いや、無数のモンスターが潜んでいるのだ。

 先ほどスギコを襲った四匹のモンスター以外に、これほど多くのモンスターがいたとは……

 これほどの数、かつて見たことがない……

 しかも、その姿、その大きさ……

 大きなドラゴンを筆頭に、ケロべロス、ヒドラといった凶暴なモンスターの姿まで見える。

 こんな大型の危険種が、キサラ王国のすぐ近くの森に潜んでいるなどと聞いたことがない。

 スギコの目が恐怖で泳ぐ。

 早く、隊長に知らせないとキサラ王国は大変なことになってしまう。

 ガタガタと震えるスギコ。

 そんなスギコを安心させるかのように少年は笑った。

「大丈夫だよ。この子たちは人を襲わない……」

「嘘だ! モンスターは人間を食うんだ!」

「そうだね、確かに魔獣たちは人間を食う。だけど、食わなくても生きていけるんだよ……」

 何を言っているんだこの男は?

 意味が分からないスギコは、少年をにらみつけた。

「ついておいで……」

 少年は、スギコに巻きつく蛇を解くと、ゆっくりと歩きだした。

 そして、アキコとスギコを手招きするかのように振り返る。

 二人は恐る恐る、ゆっくりとその後をついていく。

 二人の目の前がぱっと開けた。

 そこはあたり一面花が咲き乱れる野原。

 そこでは無数の魔獣たちが楽しそうに遊んでいた。

「魔獣たちはね。寂しいだけなんだよ……」

 その様子を見ながら、少年はつぶやいた。

 アキコは、手を口に当て涙を流して震えていた。

 こんな楽園があるなんて……

 スギコは開いた口を閉じることすら忘れ、大きく見開いた眼でガタガタ震えていた。

 こんなにも多くのモンスターがいるなんて……

 そんな恐怖に包まれたスギコの肩に少年がそっと手を置いた。

「この子たちは、一切人間を食べていないと言ったら、君はどうする?」

 確かに、目の前のモンスターたちはスギコの様子を伺うものの、一切、襲ってこない。

 それどころか楽しそうに追いかけっこをしているではないか。

 それはまるで新しい転校生でもやって来たかの様である。

 とても、食い物としてみる目ではなかった。

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