第28話 スギコとアキコ(3)

「こら! 待て! 魔物!」

 スギコの目の前を、モンスターが走る。

 必死に森の中を走りながら、時折、振り返り、追ってくるスギコを確認する。

 だが、スギコの前を懸命に走る影は、通常のモンスター影とは少々異なった。

 それは人間……

 どことなく人間に見える。

 そう、目の前を走っているモンスターは、エルフであった。

 見た目は20歳後半ぐらいであろうか。

 だが、エルフは年を取りにくい、実年齢はもっと上なのかもしれない。


 見た目が人間にそっくりのエルフは、ペットショップの闇取引で高値で取引された。

 なんでモンスターがペットショップで取引されるのかって。

 というのも、エルフの見た目はほぼ、人間と同じである。

 そして、そのたぐい稀なる美貌で、人間の男を誘惑するのである。

 サキュバスといった淫魔とは異なり、人間の生気を吸い尽くさない全く無害なモンスターである。

 確かに魔法や剣技と言った攻撃性は有するが、それさえ封じてしまえば都合のいいペットになる。

 そのため人間の男たちは、こぞってエルフを自分のペットにするようになった。

 いや、ペットなどという言葉は生温い。

 ただの性のはけ口、性奴隷である。

 年を取りにくいエルフは、性奴隷として長く楽しめると定評であったのだ。

 だが、エルフもまた、所詮、人間とは異なるもの。

 すべての人間がその存在を許容できるわけではなかった。

 当然、嫌悪するものもあらわれる。

 闇取引で入手した手前、特殊清掃隊のガサが入れば、所有者もろとも抹殺である。

 それを恐れて所有者の男達は、頃合いをみてエルフを殺すのである。

 それも残虐な方法。

 そう、筆舌に尽くしがたいやり方で。

 そこにあるのは、ただの残虐ショー。

 男たちの最後の楽しみであった。

 もてあそばれたエルフたちは、隙をみて人間のもとを逃げ出した。

 だが、そんな王国内でエルフたちの逃げ場所はない。

 そんな中、エルフたちを呼び止めるおばあちゃんの影があった。

 その影は、キサラ王国港町2丁目の倉庫に彼女たちを隠したのである。

 そんな身を寄せ合って震えていたエルフの女たちを特殊清掃隊が奇襲したのだ。


 スギコの前を走るエルフは懸命に逃げる。

 森の中をひたすらに駆ける。

 枝葉が彼女を容赦なく傷つける。

 白き肌に赤い線が、数を増やしていった。

 どうして私たちばかり……

 ただ生きていたいだけなのに……


 そんなエルフの足が木の根っこに奪われた。

 か細き体がぱたりと倒れる。

 地に伏せるエルフの体の上空で、スギコが叫んだ。

「もらった!」

 スギコの短剣がエルフの頭をめがけて一直線に落下する。


 しかし、次の瞬間、スギコの短剣が宙を舞った。

 何か固いものにはじき返されたかのようにくるくると円を描く。

 スギコの両の手が、びりびりとしびれていた。

 何?

 咄嗟にエルフを確認するスギコ。

 エルフの体の上には黒い影がのびていた。

 まるで、エルフの身を守るかのように、太い頭が伸びていた。

 それはカメの頭……

 カメの目がぎろりとスギコをにらんだ。


 何かの気配を感じたスギコが、はっと顔を上げた。

 その目の前では、白きトラが唸り声をあげ威嚇していた。

 スギコは、とっさに後ろに跳ね飛び距離をとる。

 だが、そのスギコの背が何かによって打ち付けられた。

 赤き鳥の羽ばたきによって高く飛び上がっていたスギコの体が撃ち落される。

 地面に跳ね返るスギコの体。

 逃げようと体を反応させる。

 だが、すでにもう体が言うことを聞かない。

 何かがスギコの体に絡みつき四肢の自由を奪っていた。

 青き蛇がスギコの体を締め上げていたのだ。

 すでに身動きが取れないスギコは芋虫のように転がるのみ。

 その目の前に、優しく微笑む少年が一人立っていた。

 年齢は、スギコと同じぐらいの年であろうか。

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