第27話 スギコとアキコ(2)
アキコは思い出す。
はるか昔の出来事を。
それは、ヒイロが生まれる以前の出来事。
アキコとスギコ、ヒイロの父親であるユウヤとの出会い。
「ユウヤさん……」
アキコの目に、ユウヤの優しい笑顔が浮かんだ。
アキコの記憶の世界。
それは、悲しくもはかない世界。
それは深い森の中から始まった。
天まで伸びそうな高い木々。
生い茂る緑が、光を遮り下草の緑をも薄っすらと黒くしていた。
緑をかけ分ける音共に一人の女の声が大きく響いていた。
「待て! この魔物が!」
目の前から迫りくる枝葉を小剣で叩き落しながら、懸命に走る女。
その口元からは、息つぐたびに白い呼吸が行き来する。
森が作る日影が一層、周囲の気温を下げていた。
だが、女は、そんなことに構うことなく、必死に前へと進んでいた。
年のころは今のヒイロより少し上ぐらいであろうか。
後ろに縛った栗色の長い髪が、風にたなびいている。
まだ、あどけなさが残るその表情は、その発する言葉とは裏腹にどことなく優しさを醸し出していた。
それは、彼女の大きな瞳のせいなのかもしれない。
この寒い空気にも関わらず、彼女の身につけるモノは空気抵抗を少なくするためかピタリと身に引っ付いていた。
黒いろのコスチュームに赤き帯。
ミニのスカートの下から伸びる素足には、ブーツがぴったりと覆っていた。
その白く美しい太ももには、幾重にも赤いバンドがまかれ、銀色に光る短剣を無数に携えていた。
その装いは、まるで女忍者である。
そしてこの女、何を隠そう後のヒイロの母親スギコであった。
スギコは、キサラ王国の特殊清掃部隊に属していた。
この特殊清掃部隊とはキサラ王国内に潜むモンスターの類を見つけ次第に駆除するという部隊だ。
通常、モンスター討伐には賞金がかけられるため、冒険者がこぞって参加する。
だが、その多くは街の外の話なのだ。
既に街の中に潜んでいるモンスターは、そうはいかない。
表立って賞金などかければ、街の住人のパニックを誘ってしまうのだ。
だから、特殊清掃部隊が、極秘裏にモンスターを処理するのだ。
そして、この日、スギコたち特殊清掃部隊は、キサラ王国港町二丁目に潜伏するモンスターの巣を襲撃したのだ。
港の立派な倉庫。
まだ、十分に使える倉庫であった。
こんなきれいな場所にもかかわらず、モンスターたちは隠れ潜んでいたのである。
一体どこから入り込んだというのであろうか。
まるで、誰かがわざと匿っていたかのように思えるほどである。
だが、特殊清掃隊の襲撃を予期していたのであろうか。
図面には載っていない隠し通路をつかってモンスターたちが逃げ出したのである。
慌てふためく特殊清掃隊。
よほど混乱したのか、隊長とおぼしき男が、倉庫の所有者のおばあちゃんに向かって、説明しろと怒鳴っている。
キノコような大きな白髪をまとめ上げたおばあちゃんは、メガネを押し上げ耳に手を当てる。
「はぁ、何ですかぁ? 耳が遠くてすみませんなぁ」
しかし、そのおばあちゃんの目の奥は、笑っていた。
してやったりと言う目である。
そして、そこから逃げたモンスターを今、スギコが追いかけている最中なのだ。
ココで一匹でも逃がしてしまうと特殊清掃隊始まって以来の大汚点だ。
子供を身ごもったモンスターなど逃がしてしまえば大変なことだ。
そんなモンスターを一匹でも逃がせば、キサラ王国内にモンスターがあっという間にはびこってしまう。
奴らのゴキブリ並みの繁殖力。
見つけたら10匹はいると思え!
それが、特殊清掃隊の合言葉だった。
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