第13話 超進化!(2)

 いまだ素っ裸で横たわるグラス。

 キャンディの回復魔法のおかげでマヒっているご様子。

 そして、キャンディは、その上でまとわりつく触手に抵抗し続けていた。

 さきほどから、緑の光がはじけ飛んでいる。

 キャンディが、あたりかまわず回復魔法をぶちかましているのだ。

 だが、それも仕方ない。

 キャンディにとってはこの戦闘が、初陣なのである。

 初めて戦うモンスターが魔王とはどんだけやねん! というお話ですよ。


 キャンディが放つ回復魔法の緑光に数本の触手が包まれていた。

 ところで、キャンディさん、あなた、触手を回復してどないする気やねん……

 いやいや、皆さんお忘れではないだろうか。

 キャンディの回復魔法は、回復魔法であって、回復魔法でない。

 すなわち、回復する効果がないのである。

 それどころか、その相手をマヒさせるのだ。

 いまや、触手はマヒってしまい、混乱状態。

 もう、触手の表面が何も感じなくなってしまっているのである。

 何かに触れても感じない。

 そりゃぁ、混乱しますわ!

 キャンディの存在を確かめるかのように、必死にキャンディの体をこすっている。

 だが、それも、先ほど垂らしたよだれがローションの役割を果たし、つるんと滑ってしまってよく分からない。

 なので、さらにもがいてしまう悪循環。

 キャンディはキャンディでいまだ錯乱状態。

 やめればいいのに、バンバンと回復魔法を乱発していた。

 さらに、興奮……いや、キャンディの存在を確かめようと動き回る触手たち。

 その回復魔法を避けようとキャンディの服の隙間や小さき穴を目指して逃げ込もうともがいていた。

 遂に、キャンディの魔力も底をついた。

 ――ウチの初めてが……

 万事休すか!

 キャンディは、大きく深呼吸して少しでも体のダメージを少なくしようと頑張った。

 グラマディが言っていたのだ、初めての戦闘はだれしも緊張するもの。

 だから大きく深呼吸してリラックスをするのだ。

 そうすれば、緊張がほぐれて柔らかくなる。

 多少のダメージも痛くなくなるのだ。

 少し出血はあるかもしれない、それは、初めて戦闘をするのだから仕方ない。

 だが戦闘に慣れてくれば、あとは快楽のみ……

 ひたすら突いて突いて突きまくる!

 って、それは戦闘バカのグラマディさんだけではないでしょうかね?

 あんたの辞書には、防御という言葉がないわけですから。

 大体、キャンディは回復系の司祭なんで剣なんか持っていませんよ!

 というか、グラマディさん、あんた! だいたい処女ですよね! 処女!


 しかし、キャンディの体は何も感じなかった。

 あれ……?

 それどころか、先ほどから触手の動きがピタリと止まっているではないか。

 ゆっくりと顔を起こすキャンディ。

 その目の前では、青龍が触手に巻き付きキャンディから引きはがしていた。

「コラァァ! 何しとるんじゃワレェ!」


 グラスはいまだ動かぬ体で天を見上げていた。

 天からは雫のようにぽたぽたと何かがたれてきていた。

 見上げる先にはキャンディが、触手に縛られもがいていた。

 顔を真っ赤にしながら、もだえている。


 助けたほうがいいのかな?

 グラスは思った。

 しかし、グラスの体は言うことを聞かない。

 まるで自分の体じゃないみたいだ。

 キャンディが良かれと思ってかけてくれた回復魔法によって、いまやグラスの体中がマヒってしまっていたのだ。

 だが、その後の魔力回復薬……

 それが予想外の味だった。

 お口の中がまるでびっくりばこみたいやぁぁぁぁぁ! 

 その、あまりのまずさに、一瞬気を失うも、意識だけはシャキンっと覚醒した。

 だが、やはり体は動かない。

 まさに、金縛りの状況。

 しかも、なんだか肌寒い。

 この肌にあたる空気の感触。

 ――僕は今、裸なのではないだろうか?

 グラスは、静かに分析した。

 頭脳明晰のグラスがそれを理解するまでに、さほど時間はかからなかった。

 ――うん、僕は裸だ! で……なんで?

 しかも、上空は騒がしい。

 いまや、キャンディは触手に敗れ、その攻めを受け入れようとしていた。

 どうやらキャンディは魔王との戦闘に敗れ、大事な幕まで破れようとしていた。

 ――助けないと……

 だが、グラスの体は動かない。

 こんな時、魔王の触手にでも襲われたら一巻の終わりである。

 そんなグラスの顔の上に、黒い影が伸びてきた。

 ――やはり、こんな僕をほっとくわけないか……だって、美少女が裸で転がっているんだもんな。まさか、放置プレーじゃあるまいし……くそっ!

 万事休すか!

 グラスは観念して目を閉じた。

 グラスは、心を落ち着かせるかのように円周率を唱える。

 3.1415926535……

 これを唱えている間は心が安らぐ。

 だが、グラスの体には一向に衝撃が走らない。

 攻撃がくると思っていたのにもかかわらず、一向に来ないのだ。

 やはり、放置プレーなのか! クソ!

 グラスはそっと目を開けた。

 グラスの顔の上には相変わらず黒い影がのしかかっていた。

 だが、よくよく見ると、黒い影には、黒い瞳が二つ付いていた。

 その瞳がじーっとグラスを見つめている。

 何をするわけでもなく、ただ見つめる。

 円周率を唱え続けるグラスをじーっと見つめ続けるだけだった。

 グラスは、微笑んだ。

 こんなに安らぐ瞬間はいつ以来だろうか。

 円周率を唱えるこの瞬間を、ともに共有してくれる仲間に出会えるとは。

 そして、グラスはつぶやいた。

「コラ……なにしてるんだい……カメ……」

 初めてグラスが自分の意志でしゃべった瞬間だった。


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