第10話 マジュインジャー誕生(3)

 俺の体がケルベロスによって持ち上げられると、奴の左右の二つのクビが俺の両腕をカプリと咥えた。

 前腕の素肌に、奴のぬるぬるっとした舌の感触が伝わってくる。

 なんか、生暖かくて気持ちいい!

 ゾクゾクゾク

 もしかして、女の人の中ってこんな感じなのかな。

 などと、少々ませていた俺は大人の階段を少し上った……かもしれない。

 そんなくだらないことを思っていたその瞬間だった。


 ゴキッ!

 俺の両肩が鈍い音を立てた。

 ふと見ると、両肩から大量の血が吹き出しているではないか。

 なんじゃこりゃぁぁぁぁぁぁ!


 ケルベロスの口に咥えられた俺の両腕が血を垂らしながら離れていく。

 シェェェ! カムバァァック!


 そして、俺は知った。

 痛みって遅れてくるのね……


 ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!

 俺は大きな悲鳴を上げた。


 がくがくと震える俺の体を伝って、血がしたたり落ちる。

 ケロべロスの口からぶら下がる俺から血がドボドボと。

 痛みからか、恐怖からなのか、いつしか俺はションベンを漏らしていた。

 俺のズボンは、血とションベンによって真っ赤に染まり、そのすそから液体を滴らせつづけていた。


 そんな俺を助けようと、5匹の仲間たちが俺の足元で飛び跳ねていた。

 だが、その小さき体では届くわけがない。

 動物というものが涙を流すのかどうか、俺は知らない。

 でも、彼らの目からは赤い涙がこぼれているように見えた。

 そして、今や5匹の体は、俺の血で真っ赤に染まる。


 どうやら俺の腕を食い終わった二つの首が、嬉しそうにまた近づいてくる。

 今度は、腹か、足か……

 もう、何もわからない……

 これは夢だ、きっと夢だ。

 夢なら覚めろ! 早く覚めろ!

 今、起こっている光景が、きっと夢なのだと俺は思い込みたかった。


 ケルベロスの舌が俺のわき腹を味見するかのようになめあげた。

 ぬるりとする感覚。

 女性になめられたらこんな感じかな? キモチいいっ! などと思う余裕は今度は全くない。

 ……腹か……いやだ! いやだ! いやだ!

 おびえる俺の顔面は完全崩壊。

 涙と鼻水が滝のように流れおちる。

 だがもう、俺は声すら出なかった。

 恐怖によって、何も発することができない。


 いただきまーっす!

 と言わんばかりにケロべロスの口が俺のわき腹めがけて開け広がった。

 その時だった。

 俺の視界がぐるりと回る。

 いや、俺が回ったのではない。

 俺を咥えていたケロべロスが回ったのだ。

 つられて回った俺の体が、咥えていた牙から離れ上空を舞っていた。

 宙を舞う俺の視界の下では、先ほどまで俺を咥えていたケロべロスの喉元を白虎が噛みつき抑え込んでいた。

 ケロべロスの残る二つの首が、すかさず白虎を襲う。

 だが、その二つの首もまた、朱雀と青龍によって抑え込まれた。

 激しいうなり声。

 獣と獣の叫び声が幾重にも重なり合っていた。

 まるで、戦争が始まったかのように重低音が俺の腹に響いた。

 だが、それでもケロべロスはあらがった。

 後ろ足を立て、三匹の魔獣を引き離そうと踏ん張った。

 しかしそれもつかの間、その体の上に大きな塊が落ちてきた。

 ドスンという音とともに、ケロべロスの腰が砕け地にへばりつく。

 その体の上には、大きな玄武が乗っていたのだ。

 三つの首は、白虎、朱雀、青龍が抑え込む。

 その体を玄武が押しつぶしていた。

 もう、身動きすらとることができない。

 そんな様子を見ながら、俺は空中を頭から落ちていく。

 何この状況……

 俺には状況が理解ができなかった。

 それは、あっという間の出来事だった。

 一匹のケロべロスに四匹の魔獣が食いついている。

 俺を食おうとしていたケロべロスが、四匹の魔獣に食われようとしている。

 世の中、食物連鎖と言うもんは、こういう風につながっていくのね。

 タラララーン!

 俺の知識が1増えた!

 ……ような気がした。

 だが、たとえ頭が賢くなったとしても、つぶれてしまっては意味がない。

 というのも先ほどから、地面がみるみると俺に近づいてくるのだ。

 受け身が取れないこの体。

 だって、両腕がないんだもん。

 このまま頭から突っ込めば、おそらく首の骨は折れるだろう。

 結局、俺は死ぬ運命なのか……


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