第9話 マジュインジャー誕生(2)

 とっさに俺はケロべロスから逃げようとしたが、恐怖に足がすくんで動かない。

 このケロべロス、先ほど吐いたゲロのせいで、口の周りには未消化の白いドロドロの物体がこびりついていた。

 何やら指のようなモノが見えるのですが、きっと気のせいだよね。

 あの先端……爪じゃないよね。しかも、丸爪。

 きっと、そういう形の木の実か何かだよね……

 よく料理に鷹の爪って使うじゃない。

 なら、子供の爪という木の実があったっておかしくないでしょ。

 おそらく、このケロべロス、きっとダークマターにでもあたって腹の中にあったものを全て吐き出したのだろう。

 先ほどから、雷かと思うような轟音が奴の腹からしているのだ。

 もしかしてまだ、お腹痛いんじゃないかな……

 お腹痛いんだったら、無理して、食べない方がいいと思うんだよね……

 でも、もしも……もしもだよ、お腹が減った時の音だったら……俺はごちそうってこと?


 ギロリとケルベロスが俺を睨む。

 俺の恐怖が増大した。

 そして、懸命に祈る。

 お腹の音は、腹痛の音でありますように!

 まだ、お腹が痛くて、食欲がありませんように!

 と言うか! 食うな! 食うな! 俺を食うな!


 ペロリと舌なめずりをする、三つの口

 とても空腹のご様子だ。

 がびーん!

 やっぱり、あの音は……空腹の方でしたか。

 そうですか。

 あなた様は、お腹がすいているんですか……

 それは、仕方ないですね。

 では!

 と言うことで、俺は、体の向きをくるりと反転させた。

 冷汗が垂れる背中をケロべロスに向ける。

 ケロべロスの6つの瞳が、キョトンと俺を見つめていたことは知らない。

 と言うか、知りたくない。


 ツツツと一筋の汗が、俺の背中のくぼみをまっすぐに垂れていく。

 うん、大丈夫だ! きっと大丈夫!

 そして、俺は何事もなかったかのように、歩き出した。

 一歩、二歩……

 イケる!

 これはイケる!

 このままいけば、俺は逃げることができる!

 そう思った時だった。

 俺の三歩目が空回りした。

 そう、地を蹴るはずの足が、空中をむなしく掻いただけだった。

 浮かび上がる俺の体。

 ケロべロスの真ん中の首が俺の襟首をがっちりと咥えていた。

 食われる!

 俺は瞬時に思った。

「助けて! だれか助けて!」

 俺は大声で叫んだ。

 だが、こんな森の中、都合よく誰かが訪れるわけもない。

 いや、いたとしても、ケロべロス相手に、ただの農民や木こりがかなうわけはないのだ。

 ならば、街まで騎士や戦士に助けを求めに走ったとしても、その間に俺は奴の胃袋の中に入っていることだろう。

 俺の表情は見る見るうちに恐怖で泣き崩れていった。


 そんなときである。

 俺がテイムした5匹の友達が懸命にケロべロスに向かって突進してきたではないか。

 しかし、所詮、ヒヨコとミドリガメと子猫とアオダイショウとピンクスライムである。

 勝てるわけがない。


 ケルベロスの屈強な前足で簡単にいなされる。

 だが、負けじと5匹は突っ込んだ。

 何度も何度も繰り返す。

 ついにケロべロスも頭にきたようで、残る二つの首が牙をむき唸り声をあげた。


 しかし、2年も経っているというのに、ヒヨコはヒヨコ、子猫は子猫のままだった。

 まぁ、可愛かったから、今まであまり気にしたことはなかったけれど。

 そういうばアオダイショウもその長さが伸びてない。ミドリガメも小さいままだ。

 ピンクスライム……相変わらずピンクだ。

 せめて、もう少し大きく成長していれば……いや、仮にヒヨコがニワトリになっていたとしても、この現実は変わることはないだろう。

 子猫が猫になっていたとしても、ケルベロスのごちそうが増えただけの事である。

 たとえ、アオダイショウが……以下省略。

 やっぱり俺は、ココで食われる運命なのね。

 せめて俺の能力が、ケルベロスをテイムできればいいのだが、それもレベル超過で不可能であった。

 もう……打つ手なしです……


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