タイムリープ・ファミリー
ちびまるフォイ
不可逆的な関係
「た、大変だ!」
夫が駆け寄ると同じくらいのテンションで妻も答えた。
「それどころじゃないのよ! 私……」
「「 タイムリープできるようになったみたい!! 」」
「え」
「え」
夫婦は二人で顔を合わせた。
なぜだか説明はつかないが自分にタイムリープ能力が目覚めたこと。
それを話すと驚くどころか「わかる」と同調されてしまった。
「それじゃ時間を戻したら、君も前の時間のことは覚えているのか?」
「ええ。その感じじゃあなたもなんでしょうね」
「まあな。夫婦でお互いにタイムリープできるようになるとは……」
「お腹の子にはさわらないかしら」
「いやまあ……それは大丈夫なんじゃないかな」
タイムリープで時間が巻き戻る地点はいつも同じ朝だった。
それは夫がタイムリープしても、妻がタイムリープしても同じ日付で同じ時刻。
ただひとつやっかいなのが……。
「ちょっと! あなた、勝手にタイムリープしたでしょ!?」
「別にいいだろ。減るもんじゃないし」
「タイムリープ前には事前に連絡してっていつも言ってるじゃない!」
「急にまとまった金が必要になったから、タイムリープで的中させる必要があるんだよ。
君だって自由に使えるお金が多いほうがなにかといいだろう?」
「そういう問題じゃないの!」
面倒なのが夫婦どちらかがタイムリープしてしまうと、お互いの時間が同時に巻き戻ってしまうこと。
しばらくすると今度は夫が妻に対してキレた。
「おい! またタイムリープしたな! 何度タイムリープすれば気が済むんだ!」
「だって買い物をしそびれたものがあったんだもん。
いちいち引き返すのも面倒だし、買い物行く前に戻せたほうがいいじゃない」
「そんなカジュアルにぽんぽんタイムリープされるこっちの身にもなってみろ!
友達と話してて急にタイムリープさせられるんだぞ!」
「なによ! 自分のときは文句言うなと言っておいて、私がタイムリープするのはダメなの!?」
「俺は頻度のことを言ってるんだ!」
「同じことじゃない!!」
ふたりの関係はいくらタイムリープを重ねてもあの頃には戻れないほどこじれていった。
やがてタイムリープがケンカの火種になることから、ふたりはタイムリープをしなくなっていった。
タイムリープ能力を封印してしばらくした頃。
妻がリビングで急にうずくまってうめき始めた。
「う……うまれそう……」
「なんだって!? す、すぐに救急車を!」
妻は救急車で病院に運ばれた。
分娩室では妻の叫びと励ます医者の声がきこえた。
やがて赤ちゃんのうぶ声が聞こえると、夫は胸をなでおろした。
妻は憔悴しきっており、見たことない顔をしていた
「大丈夫かい……?」
「ええ……でももう二度とこんな苦痛は味わいたくないわ……。もう絶対にタイムリープしないでね……」
「もちろんだよ。約束する」
ひとたびタイムリープすればまた時間は生まれる前にまき戻る。
そうなると再び出産の苦しみを乗り越えるシーンが発生してしまう。
タイムリープは封印すると夫婦は固く誓ったが、その翌日に夫がタイムリープしたことで妻の怒りは頂点へ達した。
「信じられない!! あなたタイムリープしたの!?」
「……ああ」
「もうタイムリープしないって約束したのに! 事前に相談もなくタイムリープするなんて!」
「……相談ができなかったんだよ」
「あんなに苦しんで出産したのに、どうしてそんなことができるの!?
あの苦しみをもう一度味わえっていいたいの!?」
「……」
「なんとか言ってよ!! どうして勝手にタイムリープしたの!?」
「それは言えない……」
「はぁ!?」
歯切れの悪い言葉にますます妻の怒りの炎に燃料が投下された。
「なんで言えないのよ!! 浮気でもしてバレそうになったからタイムリープしたんじゃない!?」
「……」
「さっきから黙ってばかり! もうあなたのことなんか信じられない!! 別れて!! はやく!!」
勝手にタイムリープしたうえ、その理由すら黙秘を続ける夫に妻は耐えかねた。
そのままの勢いで離婚届を書きあげると、妻は別れの言葉もなく家を出ていった。
家には夫だけが取り残された。
離婚して離れ離れになったことで、タイムリープしてもお互いが巻き戻ることもなくなった。
夫はタイムリープして時間を戻すと、未来で妻を惨殺した強盗を探し出して消した。
夫はまもなく捕まったが二度とタイムリープすることはなかった。
タイムリープ・ファミリー ちびまるフォイ @firestorage
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