第6話 ヒーローたるべし



舞い上がる砂埃。ドレスに跳ねる泥。・・・まあいいわ、どうせ適当な布を縫い合わせた安物で、ドレスなんて上等な名前がつく服でもない。

ただいま、この街は混沌のさなかにある。国が防衛費を引き上げたことをきっかけに、市が月々の所得税の引き上げを発表したのだ。

私が生きていた日本からは考えられない。市民は市役所にカチコミにはいり、警官隊と全力で衝突する。たった10ベルカ・・・この国におけるパン1個分の税金の引き上げだが、市井の人々からしたら大きな痛手だ。


その中に、警官隊を次々となぎ倒し、顔を踏み潰し宙にくりだした男がみえた。

アランだ。

フリスビーを追う犬のような顔で、赤毛をはためかせ市役所に飛び込んでいく。踏まれた警官に足を掴まれ転げた瞬間に、後ろから襲う軍団に覆い被さられる。


「あ〜あ、誓願書なんて無理に決まってるのに。」


アランが転んだ場所には人が折り重なった山ができている。

誓願書には「増税に反対。自治体予算の不足分を肩代わりする」という父の賄賂じみた一文が記されていた。が、市長に届くはずもない。

目の前で繰り広げられる大乱闘の最中にも関わらず、横から大きな「ぐうう」という腹の音が聞こえる。


「なによ、お腹減ったの?」

「はッ!!!!な、なんです!?今のはおならの音ですよ!?」

「もっと品位が下がってるわよ。帰りにちょっとお店よって帰りましょ。税金が安いうちにね。」


すると、後ろからワアッと大きな歓声が弾けた。何事かと振り返ると、重なっていた警官たちが地雷を受けたかのように方々に跳ね飛ばされる。


「力の精霊つきだーーっ!!!」


野次馬が叫んだ。残念、この世界に力の精霊なんていないわよ。

アランに付いているのは火の精霊だ。

靴を手に持って走っていくあたり、きっと足元で火を爆発させたんだ。その推進力を受けた上で、持ち前のバカぢからで十数人を吹き飛ばせたんだ。

それにしても・・・。


「アランにみなぎるパワーは計り知れないわ。」


アランは市庁舎を猪突猛進がごとく突っ込んでいった。


昼間の騒乱が嘘のように静まる夜。

人々は酒を飲み始め、いつものように1日の疲れを癒し始める。私は事務所で父と喋っていたが、家に帰る前に、アランが顔を見せに来た。

服を引っ張られ警棒で叩かれまくり、服はビリビリ。アランはほぼ浮浪者のような様相だ。


「市長に誓願書ブチこんできやしたぜ!」

「おお〜〜!!!アラン!お前はよくやったあ!!これで従業員は救われるぜ!!」


作戦の成功は喜ばしい限りだが、筋骨隆々の体が丸出しで目のやり場がない。目をそらしていると、そわそわニヤニヤしながらこっちをみてくる。


「ちょ、ちょっと。事務所に来る前に服くらい着て来なさいよ。」

「これは名誉の負傷ってやつっス!」


胸を張ってこちらにドヤ顔をしてくる。なによ、褒めて欲しいの?

鬱陶しいわね。あんたと関わるごとに私の不幸指数が上がっていくの。くっつけば私はデッドエンドなのよ!


「お父様、息子さんと水入らずのようね。私はお邪魔虫だから帰るわね。」

「おいおいおいおい。男心がわかんねえやつだなあ。アラン、キアを送ってってやれ!もう遅いからな。」


わかってないのはお父様の方よ!!


アランと二人で歩くのは気まずい。だが、振り切るのにもうってつけだ。

税金の引き上げを抑えたヒーローとして、街の人々からたくさん声をかけられている。

アラン自身には興味はないけど。でも、正直・・・


すごい腕っ節の強さを持ちながら、人のために戦えるアランはすごいと思う。

彼は善い人間であろうと努力しているんだ。市民や街というぼんやりした大きい存在のためにでも、たとえ見返りがなくとも戦おうとするんだろう。

それは尊敬に値する。


「へへへ、ちっと照れちまいますよ。」

「賞賛に値する働きをしたんだから当然よ。」


アランに注目する人がいなくなった電灯の下で立ち止まる。


「ねえ、なんであなたはそこまで人のためにうごけるの?」


私は哲学が知りたかった。


「俺はいっぱしの労働者にすぎませんよ。お嬢様みたいな高貴な位にはなれねえんだ。

だけど、足掻くことならできる。足掻いて足掻いて、人のために何かを残せて死んだなら、俺は本望ですよ。」


笑顔で、そんなギュッと胸が痛むことを言わないで。

あなたは泥の中にいるヒーローよ。


「・・・この世で本当に幸せになるべきなのはあんたみたいな人ね。」


高潔な精神を持っている彼こそがヒーローよ。


「俺は幸せですよ。今。」

「なんでよ。安月給で父にコキ使い回される今がそんなにいいの?」

「違う違う、もっと、こう・・・短い時間。たった今のことっすよ。俺はこんな時間がずっと続けば・・・・もう最高っス。」


私はその意味がよくわからなかった。同じことを二回繰り返していっているだけに聞こえた。

「いくわよ」


アランは何か言おうとしたが、はにかみながら「・・・っす。」ともらし、あとをついていった。

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悪役令嬢に転生したら、どうあがいてもラスボスにやられる死亡ルートにいきそうで絶体絶命です! 巫ソラノ @novel_suisui

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