第5話 リカルド・オルテガ
車に揺られながら、カーテンの継ぎ目を見つめてしまう。放心状態だ。
彼は彼なりに気を使ったのだろう。でも、私に気を払う理由は?警察はブルームヒルダ紡績の味方であるというアピール?
最悪、マリアンヌに何かを嗅ぎつけているのでは?
「あらあらお嬢様ったら、リカルド様のことを考えてるのですか〜?」
「ばっ・・・!!そんなんじゃないわよ!私がそんなにのぼせた顔してた!?」
「違うのですか?」
「・・・・・違うわよ。
この前のこと、私たちの秘密ね」
リカルドはまだパーティーにいた。アリシアが笑顔で寄ってくるが、子爵の睨み顔をかわしたいがためにするりとよける。
「リカルド様」
「アリシア、いい冬を迎えておくれ。あとで贈り物を出すから」
「ぬいぐるみがいいわ」
「君が好きそうなものはすでに目星をつけてある。期待してまっていてくれ。すまないね、忙しくて」
「いいの。また休みの間、お忙しくなければ遊びましょ。」
目を細めアリシアに笑顔を振りまくと、彼は宵闇を見つめ男の顔になった。社交的に見開かれた目とは違い、力が抜けた目は深い思慮に浸る時の顔だ。
所詮は警察の真似事。いくら警視総監の七光りがあれど、17歳では本庁の木っ端職員よりも立場は下。
父親からは、いずれ名前と立場を捨てよと言われている。高校を卒業すれば訓練校に入り、何者でもなくなってから一から身を立てろと言われた。
父は、あのキアステン嬢の父親の荒くれたカリスマ性にライバル心を燃やしている。
「貴族階級には顔を売っとけということか、あんな学校に僕を入れたのは。
とはいえ、王家の求心力はいずれ弱まるだろうに」
彼は少しでも早く、刑事としての”嗅覚”を手に入れたかった。暗黒街に足を踏み入れ始めると、悪い遊びの一つや二つ覚えてしまう。
マッチを擦って、隠し持っていたタバコに火を付ける。
「よう」
木箱に座って酒盛りをしている汚い若者二人組に帽子を脱いで挨拶をする。
「リカルドか。なんだめかしこんで。今日はパーティーでもしてきたのか」
パーティーテーブルから拝借してきた包みを手土産として渡す。
「そんなところだ。今日も親父の真似事をしにきた。その後何か変わったことは」
「そうだなぁ〜・・・あ、連中が南の病院に入院してて、目を覚ましたと。ウンウンうわごといってるってよ」
「どうせシャブが切れてんだろ。」
流石、暴力沙汰の噂は早い。「ん」と示し合わせたかの様にタバコをもらいたがる。
織り込み済みだからこっちもタバコをすいはじめたのさ。
「魔女が〜化け物が〜ってよ」
「おかしいな、現場から逃げてきたのは、あの二人しかいなかったと聞いたが。」
「だーからシャブ切れだって。ブルームヒルダ紡績の社長令嬢とメイドしかみてねえし。あいつらは悪夢見てんだよお」
こんな市街地のど真ん中に魔女が現れるのだろうか。
二人が話題から脱線し冗談を言い始めたあたりから、これ以上の情報はなさそうだ。
最後にこう投げてみた。
「なあ、魔女ってどんな姿だと思う?」
彼らは顔を一瞬見合わせた後、小首を傾げて答える。
「んだよ急に」
「さあ・・・・腰曲がった婆さんじゃねえの。だって北の廃城にうん百年と生きてんだろ」
キアステン・ブルームヒルダ。暴漢に襲われておきながら、昨日の今日で怯えるそぶりすらみせずパーティーの壇上に登るなんて。粗野で気が強いとはいえ、図太い神経をしている。
将来は男勝りな性格も相まって、会社を継ぐことになるんだろう。
ここまで身元が割れてる人物がまさか魔女だなんてありえるはずはないが。
「んだよリカルド。鼻の下伸ばして。スケのことでも考えてんのか。」
「ああ。社長令嬢のことだ。きっと魔女のように凶暴なんだろうとな。」
襲われた男たちがみたのは幻か、あの社長令嬢が魔女のごとく恐ろしい面を見せたか。
それとも、本当に魔女が現れたか。
女にうつつを抜かしている場合じゃない。僕には大きな使命と宿命があるのだから。
この身を焼こうが汚そうが、市民を守らねばならないのだから。
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