第4話 社交界の真似事
とはいえ、屋敷に帰った後は大騒ぎになった。
工場の外で暴漢に襲われ、全力で逃げてきたと言う話を聞いて、父は頭に血が上ってショットガンを持ち出すわ、どこからかやってきたアランが私に怒鳴りちらかすわ、散々な目にあった。
「怪我しない程度に吹っ飛ばしただけなので大丈夫ですよぉ〜」
「ほんと化け物ね。ここで化けたらお父様に即撃ち抜かれるわよ」
「先祖代々、「封じたければキャノン砲もってこーい!」ですよお〜!」
「あなたが暴れたら、大事な血税が全部軍事費にいっちゃうからやめてちょうだい」
外に漏れないように小声で喋る。結局のところ、魔女だとバレた以上に、彼女は私を助けられて鼻高々なようだ。
「お嬢様は命の恩人です」
「なにを・・・!それはこっちのセリフよ。助けたのはあなたでしょ」
「あたしはもう一人じゃないんだって思えた」
その言葉が、どれだけ深い意味を持ってるか直感的にわかった。「寂しいのはやだ」「嫌いにならないで」と訴えた時のすがるような表情は、マリアンヌが笑顔の下に覆い隠していた本当の”ビアズリー”なのだろう。
「私のこと、友達を捨てるような最低女だとおもってたの?」
一瞬はっと目を見開くも、彼女は私の真意を見抜いた。本当にこの子は、子供のように無邪気ね。
優越感はというのは麻薬だ。
他者を踏みつける一時的な快楽と引き換えに、その跳ね上がった自己評価と、客観的な評価のギャップに自分を蝕まれる。その先にあるのは、不貞、麻薬、酒に溺れる末路だけ。
社交界はその虚像の塊にすぎない。
この学園の連中はその”大人の一番嫌なところ”の真似事をして遊んでいる。生物としての優位性を見せつけたい、ただそれだけ。パーティーは彼らにとって戦いであり、誰も心から楽しんでなんかいない。
そのトロフィー役がアリシアだ。
年末に向けた冬のパーティー。一年間の勉学の労いに、全ての学年の生徒が一同に会す親睦会が開かれるのだ。これも所詮、大人がやる社交パーティーの真似事だ。
「んんんん!コルセット・・・きつい!」
「キア様!がまんがまん!・・・はいっ、社交界の花のできあがり〜!」
内臓がひっくり帰りそうなほど息苦しいコルセット。この時代は砂時計のように細いウェストが好まれるのだ。
そして、それを縛るのはお付きのメイド。あいかわらずマリアンヌはそそっかしく、床に落ちた物を横着して取ろうとして、椅子ごとひっくり返っている。
こんなドジな子が魔女だなんて信じられないわ。
「世界一かわいいですよっ!お嬢様!」
「こっちの苦労も知らないで・・・あんたが着てみなさいよ!」
「え!着たい着たい!そんなキラキラなドレスもってないです〜」
「ブルームヒルダさん、そろそろ開きますよ」
「えぇ」
マリアンヌは「いよいよですね!」と目を合わせてくる。冬のパーティーでは、各学年の一年間の成績最優秀者が公表される。
私は二年の首席になった。
昨年に引き続き首席となったので、スピーチは慣れっこ。だが、問題は2位・3位も同時に表彰されることだ。
リカルド。
拍手で出迎えられるが、それが一番のストレスだった。意識がどうしてもそちらにいって仕方がない。パーティーの豪華な飾りが、参加者が、床にばらまかれた砂糖菓子のように見える。
人間に見えるのは彼だけ。思慮深そうな瞳と長い睫毛、高い鼻・・・人形みたいだ。
だが、全員の意識が私に注がれているのをいいことに、マリアンヌがこそこそと豪華な料理を貪り食べていたのをみて、私は正気に戻った。
無事スピーチも終え、マリアンヌを叱りに行こうとした矢先、リカルドに話しかけられた。
「今年も首席をとられた。残念だ」
ギョッとして頭が破裂した。彼と一対一で話すなんて、正直初めてだからだ。
「ああ・・・この度はおめでとうございます。私はキアステン・・・」
「名前や評判ならすでに聞いている。同窓なのだから敬語もいらない。」
「そ、そう・・・」
随分無駄を省いて、話を早く進めたがる人だ。頭の回転が早いのだろう。
鼻でため息をつきながら、タイを少し緩めるリカルド。
「この前の港の騒ぎは大変だったろう。湾岸地区は治安の悪化がここ数年懸念事項にあげられている。今後は婦女の出歩きには一層の注意を呼びかけることを約束するとのことだ。」
「さ、さすが・・・」
「君のお父上のことも存じ上げている。父が不遜ない経営者だと評価していてね、今度の市長選に推薦させたいと息巻いているんだ」
「父を?そんな器ではないと思うけれど・・・」
「確かに、ショットガンをもって怒鳴り散らす経営者はいかがかと思うが」
この前の騒動の時だ。警察が呼ばれたとは聞いたけど、やはり警視総監の耳にも聞き及んでいたのね。ああ、一族の恥・・・。
「ああいった無骨な人は嫌いじゃない」
「え・・・」
いきなり家族を褒めるとは。
「この界隈は、ドレスの裾の下に地雷を埋めている連中ばかりだ。この前の婚約破棄騒ぎで早速落とされたようだが、君のような人は足元をすくわれないように、足にボンドでもつけておくといい。
君の困った従者も交え、ぜひ今度食事でも。」
謎の捨て台詞に、ぽかんと口をあけてしまう。
アリシアが隣にいる時よりも・・・なんか扱いが雑?
顔には、いつもの張り付いたような愛想笑いもなかった。
「・・・本当に警視総監の息子だ・・・。」
乙女ゲームだと説明足らずで、頭が良いはずなのにアリシアにことごとく操られている印象だった。だが、温和なふりをして思索をしっかり巡らせているから、腹黒と受け取られていたのでは?
そんなリカルドの魅力にのぼせていたら、周りからは眉をひそめられていることにやっと気づいた。こんな場にいても、また騒ぎを起こしたとしていじめられるだけ。
「マリアンヌ!用事は済んだからとっとと帰るわよ!」
「へ!?もう!?美味しいものいっぱいあるのに〜」
「ごらんなさい、主人そっちのけで料理に手を出す従者が他にどこにいるの!そんなに食べたいならうちで出してあげるから、ほら!」
「は〜い」
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