最終話 ヴェントと地球にたどり着くノルン
「か、がはっ」
ヴェントは半分土砂に埋まった状態で目覚めた。手足をばたつかせ、土砂から這い出るように起き上がる。
彼の目に飛び込んできたのは、相変わらず巨大な木星と、何もない荒野な小惑星の大地と、爆発によって出来上がった小さなクレーターと、その中に立つ半壊の小型艇であった。
『お、俺の、発明が……』
小型艇は辛うじて二本の足で立っているが、左右のロボットアームは根本から消失し、コックピットも半壊している。
中に居たカーリグは、幸か不幸か無傷である。
爆発によって誘発されたのか、かすかに地面が揺れて近くの山が噴火を起こした。そこから溶岩流が流れ出し、小さなクレーターの中へと流れ込んでくる。
『ひっ!』
カーリグは小型艇の操作盤をガチャガチャと操作し、溶岩流から逃げようとする。しかし、小型艇は沈黙し、動く様子が無い。
仕方なくコックピットから飛び出し、ドタドタと躓きながらクレーターから這い上がってきた。
ヴェントは、そんなカーリグの前に立ちはだかった。
『なっ、お前──』
「お前の発明じゃない」
『は?』
ヴェントはスペーススーツに搭載されたパワーアシストを全開にし、カーリグを殴った。
『ぶへっ』
フラフラとよろめき、足を滑らせたカーリグは、再びクレーターの中へと転がり落ちていく。
そして、底へ貯まり始めた溶岩へと転落した。
『うぎゃぁぁぁぁぁぁぁ……』
ヴェントは自分でも驚くほどに冷ややかな気持ちで、燃え溶けるカーリグを見下ろしていた。
カーリグと小型艇を飲み込んだ溶岩流は、放射冷却であっという間に冷えて固まった。
そこに何者かが存在した、その痕跡すらも飲み込まれて消えてしまった。
「ノルン……」
それは敵討ちだったのか……、しかし、一向に晴れない気持ちを抱え、ヴェントは俯き一人呟く。
『マスターもなかなか酷いことをされますね』
そんなヴェントのバイザー内に、聞きなれた少女の声が響いた。
「ノルン!?」
ヴェントは周囲を見渡すと、背後の岩陰からノルンが這い出してきた。
「ノルン!!」
ヴェントは焦って石につまづきながら、ノルンの元へと駆け寄るが、
「うっ」
ヴェントは彼女の酷い状態に閉口した。腹部が弾け下半身は辛うじてつながっているだけ、右腕は肩からもげ、左腕はなんとか動く程度、という状態である。しかし、それでもノルンは稼動していた。
「自爆したんじゃなかったの?」
『マターコンバータをエネルギーに変換しただけです。自爆は三原則に抵触するため、できません』
ヴェントはノルンをそっと持ち上げ、抱き締めた。
「よかった、よかった」
ノルンも、怪しげながらもなんとか動く左腕を、そっとヴェントの背中に回す。
『マスター……』
ノルンの小さな呟きは、彼女を抱きしめ涙するヴェントには聞こえていない。
『マスター申し訳ありません』
ノルンは、どうしても報告すべき事柄があるため、改めて語気を強めて述べる。
ノルンの言葉に、ヴェントは少し落ち着きを取り戻し、抱き寄せていた彼女を体から話して顔を見る。
「どうしたんだい? 突然……」
ノルンは少しバツの悪い表情をしつつ、マスターへの報告を口にする。
『マターコンバータを解析し、勝手ながら複製させていただきました……。マスターからのご指示では、私自身による解析や複製は禁止されておりませんでしたので……』
「……?」
いまいち、ノルンが何について謝罪しているのか分からないヴェントは、首をかしげる。
『マスターのご意思として、"マターコンバータ"を広めず、秘密裏に処分したいとお考えであることは察しておりました。それを理解した上で、解析・複製してしまったこと、申し訳ありません』
今のヴェントではなく、"記憶を失う前のヴェント"の意思に反してしまったことに対しての謝罪である、ということに、ヴェントはようやく気が付いた。
「その……、理由を聞かせてくれるかい?」
「はい」
マターコンバータ自身をマターコンバータで処理した場合、膨大なエネルギーが発生する。"船団"など、発生したエネルギーを受け入れてくれる場所ならば良いが、このような何もない所でそれを行えば、ノルンが自壊するほどのエネルギーを生み出すことになってしまう。
そのため、ノルンは三原則の第三条に則り、自己防衛のためにマターコンバータを解析、複製することで、マターコンバータを処理しても、自壊しないレベルまで、その価値を下げたのだ。
『今回は、その"複製"をエネルギーに変換いたしました。"解析"や"複製"は禁止されておりませんでしたので……』
ノルンの謝罪に、ヴェントは笑顔で答えた。
「はは、そうか、どおりで爆発の規模が小さかったわけか……、"マターコンバータ"の価値は"その程度"だったんだね」
『はい、申し訳ありません』
俯くノルンに、ヴェントも頭を下げる。
「むしろこっちこそゴメン。記憶を失くす前のこととはいえ、そんなノルンが壊れるかもしれない指示した、僕のほうが悪い……」
『マスターそんな……』
俯いたままのノルン、ヴェントはその両頬に手を添え、顔を上に向かせる。
「ノルンが無事でよかった……、ありがとう」
『……はい』
一瞬目を丸くしたノルンだが、ヴェントからの"ありがとう"の言葉に、笑みを浮かべた。
その美しい笑顔に、ヴェントは顔が熱を帯びた。
小惑星を飛び立つ二人。
最低限の自己修復を行ったノルンだが、完全修復には程遠く、戦闘能力は皆無、通常航行性能すらも50%以下まで低下している。が、そんな状態であっても、時間はかかるが、地球へ向かうことはできる。
ヴェントとノルンは寄り添い、地球の姿を見降ろした。
彼らの母星は、人類の大半がこの星を離れたか、もしくは仮想環境へと移住したため、長く環境保護が続けられ、青と緑の楽園となっていた。
「宇宙から見る地球は、綺麗だね」
『はい』
二人は無事、地球への旅路を終えた。
記憶を失った技術者ですが、未開の惑星に置いて行かれました。美少女ドロイドと一緒に家に帰るので、宇宙開拓船団にはもう戻りません はとむぎ @dicen
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