ヴェントが居て、ノルンが出来て、マターコンバータが出来て

ロボット工学三原則

第一条

 ロボットは人間に危害を加えてはならない。また、その危険を看過することによって、人間に危害を及ぼしてはならない。

第二条

 ロボットは人間に与えられた命令に服従しなければならない。ただし、あたえられた命令が、第一条に反する場合は、この限りではない。

第三条

 ロボットは、前掲第一条および第二条に反するおそれのないかぎり、自己をまもらなければならない。


宇宙開拓船団 保有ドロイド運用規約

第1項

 ドロイドは自身のサポート対象者を"マスター"として登録するものとし、マスターが死亡もしくはマスター自身がその所持を放棄しない限り、その登録は継続する。

第2項

 ドロイドは、三原則に反するおそれのないかぎり、マスターの指示を優先し遵守する。

第3項

 ドロイドは、"マスター"登録されたサポート対象者が退艦した場合、マスター登録を解除する。



「やぁ、おはよう」

 30代前半、その割には白髪が目立つ男が、白いボディの人型ドロイドに声をかけた。

「おはようございます。マスター登録をしてください」

 人型ドロイドは、男の挨拶に答え、自身のマスター登録を促す。

「マスターは私、ヴェントだ。君の名は……、そうだな、"ノルン"にしよう」


「マスター、ヴェント様、登録しました。識別名"ノルン"登録しました」


 ヴェントは宇宙開拓船団で技術者として働いている。趣味は発明で、仕事の傍ら、開拓船団の仕事をもっとやりやすく、よりスムーズに進められるようにと、いろいろなモノを発明した。


 この新型ドロイド"ノルン"も、その試作機である。

 従来のドロイドは、ドラム缶のようなボディに、蛇腹状の手足を付けた形状であり、いかにもロボット然とした風情であったが、ヴェントはドロイドをより身近に、パートナーとして扱えるように、AIに手を入れ、ボディも人型に近い形状のモノを製作したのだ。

 あとは体表をエクサセルで覆い、人間に近い容姿とすることで、より親しみやすい見た目に出来ると考えていた。


「しかし、いきなり女性型ドロイドだと性癖疑われそうだな……。とりあえず従来ボディの中に隠しとこう」

 こうしてノルンは、一見すると緑のドラム缶ボディのドロイドとして稼動を始めた。



 当初の予定では、新規AIである"ノルン"の慣熟運転として半年程度を考えていたヴェントだが、"美少女ドロイド"を披露する"機会"と"覚悟"を見失い、"試運転"のまま、稼動から2年を迎えた。

 その頃のヴェントは新たな研究を行っており、「四次元跳躍機フォースロード」の四次元干渉機能を発展させ、五次元への干渉を確立していた。

 その技術を基に、三次元に存在する物体およびその価値、それを五次元空間における"ダークマター"に一旦変換し、再び三次元空間におけるエネルギーへと変換することで、膨大なエネルギーを生み出すことが出来る"マターコンバータ"を開発した。


 ヴェントはマターコンバータの動作実験として、ノルンのエネルギー補給を行った。

 最初は新品のスプーン。コンバータで変換した結果、ノルンが1か月ほど稼動する分のエネルギーが補給された。

 次はヴェントが5年ほど愛用しているスプーン。結果、ノルンが約半年稼動する分のエネルギーが補給された。


 いずれかの観測者が持つ"価値"が、エネルギーとして変換される。使い方次第では"縮退炉"を超えるエネルギー源となりうる。ヴェントはマターコンバータの存在に危うい物を感じた。


 ヴェントはマターコンバータをノルンに搭載し、彼女に以下の制約を設けた。


 1、マターコンバータはマスターの指示以外で使用してはならない

 2、マターコンバータの情報に関して、マスター以外には秘匿せよ

 3、マターコンバータが取り外される事態が発生した場合、マターコンバータを消去せよ



 どれだけ隠しても、秘密とは漏れるものである。マターコンバータの存在を嗅ぎつけた者が居た。それがヴェントの同僚であるカーリグだった。

 革新的発明であるマターコンバータ。カーリグはこれを公開すべきであると考えた。そして、自分が発明者として発表できるなら、尚良いとも……。



 そしてその日、暗い様子で自室に戻ったヴェントは、しばしの逡巡の後にノルンへ告げた。


「ノルン、マターコンバータで、私を消せるか?」

 緑のドラム缶ボディに設置されたモニタには、驚愕を示す顔絵が表示された。

「三原則に抵触するため、マスターを消すことはできません」

「なら、マターコンバータを消してくれ」

 ヴェントの言葉に、否定も肯定もせず、ただノルンは質問を返した。

「マスターは、ご自分で自身を消されるおつもりですか?」

 その問いにヴェントは答えない。

 ヴェントはマターコンバータを完全に消す必要があると考えていた。現物も、その構造を知る自分も……。


 ただ、ノルンもそれに気がついてしまった以上、それを看過することはできなかった。

「代替案を提案させてください。マスターの人生15年分を削除いたします。そうすれば、マターコンバータに関する記憶も同時に消去されます。五次元時空へ干渉可能な"マターコンバータ"であれば可能です」

「15年?」

 ノルンの提案に興味を示すヴェント。

「マスターの現在年齢は32歳。であるならば、15年は46.875%となり、消去対象が50%未満であれば、ギリギリ三原則を回避可能です。加えて、マスターが持つコンバータに関する"構想"や"着想"まで消すためには、できるだけ多くの年数を削除すべきと考えました」

「私を死なせないためか……」

「はい」

 ベッドに腰かけ、額に手を当てて考え込むヴェント。しばらくして顔を上げる。

「わかった、ノルン、頼む」

「ありがとうございます」

 ノルンは緑のドラム缶ボディでは腰が曲がらないため、股関節から体を倒して礼を述べる。

「俺の15年を消してから、マターコンバータを消してくれ」

「……、承りました」

 ヴェントを光が包む。"15年分の人生"という膨大な価値が生み出す多大なエネルギーは、ノルンの機体では到底受け止めきれない。そのため、船団のエネルギー回路を通じ、「2号艇 ラケシス」のエネルギー源として消費されるように流し込む。

 光が収まると、17歳に若返ったヴェントが倒れていた。


 続けて、ノルンはマスターの指示に従い、マターコンバータの消去を──

 その時、部屋の扉で小さい爆発が発生し、扉をこじ開けて侵入してくる者がいた。

「そこまでだ!」

 ヴェントの部屋の自動ドアを破壊し、カーリグが押し入ってきた。カーリグは拳銃をノルンに向けている。が、ノルンは構わずマターコンバータの消去を開始する。

「ソレを消すなら、こいつの命はない」

 カーリグは、ノルンに向けていた銃口を下げ、倒れているヴェントへと向けなおした。


 沈黙する両者。


「やめなさい。マスターを殺害するなら、マターコンバータを消去します」

「ほぅ、AIの癖に取引を持ち掛けてくるとは……、だが、マスターが死んでも、その"指示"を護れるかな?」

 カーリグは愉快そうな顔で拳銃の撃鉄を起こす。

「アナタがその引き金を引くならば、マスターが絶命する前に消去を実行します」

 再び沈黙と共ににらみ合う両者。が、根負けしたのはカーリグであった。


「わかったよ、俺の負けだ」

 カーリグは銃口を引き上げ、撃鉄をゆっくりと戻した。

「だが、"マターコンバータ"は消すなよ? 消したら、お前のマスターも消してやる」

 カーリグは捨て台詞を吐き、その場を後にした。



 廊下でカーリグは小さく呟く。

「あいつを"退艦"させてやれば、マスター権限を失効する」

 "その上で俺がノルンのマスターになればいい" カーリグは内心で計画を立てつつ、その場を去っていった。


 "ノルンは船団保有のドロイドではない"、という事実にカーリグが気づくのは、ヴェントを退艦させた後であった。

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