番外:さわむらのはなし
俺の地元はわかりやすく田舎で、家の庭がそのまま畑につながっているようなところだ。牛とか豚とか鶏とかの家畜が身近で、野菜と米に関しては売るほどあるから買いに行くことはめったにない。中学生の頃うっかり「アボカドを食べてみたい」と口走ったら、「なら育ててみるか」と祖父が素早く腰を上げたので慌てて止めた。雪がどっさり降るような土地はアボカドには酷だろう。いや、そういう問題でもないか。
と、食料を育てることについてあるていど知識があるのは当たり前のことだと思っていたけど、大学進学を機にそうではないらしいことを知った。上京してみると本当にいろんな人間が各地から集まっていて、なかにはもちろん生粋の都会っ子だっているわけで。
大学のひとつ上の先輩、松橋雅鷹はまさに都会っ子どまんなかだった。
一人暮らしの俺と大して変わらない距離に実家があり、大学は実家から通学しているらしかった。らしかった、というのは俺が当時かってに都会の人間に苦手意識をもっていたためで、学生時代はそこまで親しく付き合った記憶がない。それがまさか、大人になってからその人の家を間借りすることになろうとは。縁というのは本当に不思議なものだ。
「そういやお前、大学んときヒモって呼ばれてなかった? なんで?」
先輩の質問はいつも唐突だ。しかも、今回は絶妙にイヤなところを突いてくる。
「いやー、ホラ俺、付き合ってた女の人のとこで飯作ってたりしたんで。それで変に騒ぐやつがいて」
「へー! もしかしてお前、年上と付き合ってたの!」
「そっからかよ」
「そんなに絡みなかったからなあ」
絡みはなかったかもしれないが、噂ばかりが広がっている時期はあった。同じ学科の女の子たちに心配されたほど。ああいうときは女の子のほうが冷静だ。大して仲良くないやつらが僻みまじりであることないこと言って本当に面倒だったが、彼女たちは取り合わなかった。だからというわけでもないが、俺は女友達のほうが多い。姉がふたり、妹ひとりにはさまれているせいはあるかもしれない。気を許せる男友達は、実は限られている。
なんだか気が抜けてしまった。
「基本、ひとに興味ないっすよね」
「そんなことないけどな。年上の彼女の話は普通に聞きたいし」
「それは別にいいじゃないすか」
「社会人?」
「……いや、院生っすけど」
「おお」
田舎では、真偽はともかくとして噂は命取りだ。一瞬で広まり、それが生活に直結する。姉が出戻ったときは家族総員身構えたものである。本人が堂々としていたので、特に何もなかったが。
都会の人は他人に興味がないというけれど、興味がないというより情報量が多いからスルーしているだけな気がする。先輩はまた別格だ。本人がどうでもいいと思うことにはマジで興味を示さない。
「で、どんなひと」
「昔の話っすよ、食いつきすぎじゃないすか」
「昔ってほど昔じゃないだろ」
何でスイッチが入るのかはいまだに謎だが、いまの生活がうまくいっているのは、この人の気質によるところが大きいんじゃないかと思う。
都会っ子どまんなか。親の仕事には明確に休日があって、山や畑は遊びに行くところで、進学するのが普通で、都心の便利さを当たり前と思っている人種。俺が勝手に苦手意識をもって、遠巻きにしていた人たち。
(僻んでいたのは、俺も一緒か)
「人んちで飯つくるくらいでヒモって言わないよな。ていうか、お前と付き合ってて彼女太らなかった?」
「いや全然。肌の調子が良くなったって当時めっちゃ喜んでましたよ」
「ああ、お前んちの野菜うまいもんな……」
「それだけが取り柄の、なんもない田舎ですけどね」
「なんもないから何でもできるんだろ。いいなあ」
「それ、俺じゃなかったらそこそこキレられますよ」
「なんで」
都会っ子の興味本位と受け取ることもできるけど、先輩の場合は本気でうらやましがっているフシがある。料理の下ごしらえもその他も、ちょっと教えたら普通に興味をもって、なんなら凝りはじめるし。
知らないだけ、やったことがないだけ。
育った環境が違うって、そういうことだ。
「はあー」
「なんだよ」
「いや、なんでもないっす。そろそろ餃子焼きますか」
「おっ、俺が包んだやつ」
「やっとちゃんと皮閉まるようになりましたね」
「やっとは余計だよ」
「褒めてんすよ」
自分では大して使わないのに、先輩が持ってるフライパンはチタンコートのめっちゃいいやつ。まあ俺が使うし、そのうち先輩も使いこなせるようになるだろう。くっつかないから、油を引かなくてもいい。
蒸し焼きにして、最後に胡麻油。俺は長ネギをみじん切りにして塩ダレをつくり、先輩はスマホをみながら黒酢と玉ねぎのタレをつくっている。放っといても粒ぞろいに刻めるようになったのだ。大変な進歩である。
さて、うまそうなにおいが部屋に充満してきた。うまそうっていうか、うまいに決まっている。ほとんど俺の実家から来た野菜だし。
なんもない田舎って自分で言うのは、今度からやめよう。そうおもった。
なす 草群 鶏 @emily0420
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます