ある日、異世界最強のニートと出会った。

愛好栗一夢

本文

 俺の名は美空勇みそらゆう。突然だが、今の俺の境遇を聞いてくれないか。

 

 俺はそこら辺の普通の高校2年生…のはずだった。今までは全てが普通だった。だがこの春に、父と母は離婚した。理由は母の男遊びの度が過ぎていたからだ。

 父は激怒し母を家から追い出した。そしてついでに俺も追い出された。

 俺らは新しくアパートに住み始めた。しかし、母は遊び呆けてばかり。ろくに仕事もせず、毎日酒を飲みパチンコへ行く。

 俺はどうなのかって?そりゃほっとかれてるさ。食事もまともに作らないから毎日俺が作ってる。洗濯も俺さ。学費だって、バイトして自分で払ってる。掃除も、買い出しも、何もかもぜーんぶ俺がやってる。実質、俺は一人暮らししてるようなもんだ。

 挙げ句の果てに母は俺になんて言ったと思う?

「アンタがいるだけで金の消費が激しいの、消えてくれない?」

 この言葉には俺も絶句した。俺にとってはパチンコや酒への金のが無駄遣いだ。こいつの思考は理解できない。

 

 俺は決意した―必ず、この家を出てやる。


 それで何?とか思うやつもいると思うが、結論を言おう。


 俺は、辛い。誰にも助けを求められない。こんなにも辛いことはほかにないと俺は思う。


 俺の唯一の救いは―非現実的な妄想だ。

叶うはずのない願いに想いを馳せる。考えていると少し気が楽になる気がする。

 

   それが今の俺、美空勇(みそらゆう)だ。


 と、暗い話をしてしまったが、まあ俺は俺でなんとかやってる。もちろん、辛いことには変わりない。でもまあ、これが現実だ。受け入れるしかない。


 変化は突然起こると言う。これは、俺の未来を左右する物語なのかもしれない。


  

 これは特別変わりのない、とある日のこと。

 俺は普通に帰宅し、母がいないことを確認してからゴミが散らかる床に寝転んだ。

 はぁとため息をついて天井に手を伸ばした。

 楽しそうで愉快な生活…昔の俺たち家族が見えた気がした。掴みたかった。笑顔は残像を残して消えた。

「…はぁ」

俺はそのまま眠りに着こうとした…その時だった。


 猛烈な頭痛が俺を襲った。耳鳴りもひどい。そしてどこからか声が聞こえる…。


「…きて、こっちへ来て…大丈夫…」


 聞いたことのない声…幻聴か?

そんなことを考える暇さえも頭痛は与えない。

 俺の意識はそのまま途切れた。



 「…ろ、…きろ…」

…なんだ?さっきとは違う声が聞こえる…

 「…いい加減に…」



  「「「起きろっつってんだろーが‼︎‼︎‼︎」」」


 「「わあああああ‼︎ごめんなさいお母さん‼︎‼︎」」


俺は急いで飛び起きて叫んだ。まずい…殴られる!そう思った瞬間、何かに違和感を覚えた。


 ―声が違う。服が違う。部屋が違う…そして、胸がある。

 

 俺はしばらく自分の胸を揉んでいた。…なるほど、これが女の胸か…柔らかくて大きいし少し邪魔だな…


  「「「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ⁉︎⁉︎⁉︎」」」


 胸⁉︎なんで俺胸あるの⁉︎そういえばさっきの声、少しいつもより高かったような…おいおい、俺どうしちまったんだ⁉︎

「やっと自分の異変に気づいたか!鈍感すぎるな‼︎」

隣から声が聞こえてきた。

 そこにいたのはスーツをきた小さな少年の姿をしている…羽の生えた生き物だった。ファンタジーに出てくるような生き物だ。

 ありえない…本当に俺はどうしてしまったのか…

「…少しパニックに陥っているようだな。無理もない。全く、オシューのイタズラには困ったものだ。」

羽の生えた生き物がいった。そのあと、そいつは俺を見てこう言った。

「…お前、ミソラ・ユウだろ?」

そこに続き、俺はこう聞いた。

「なんで俺の名前を?というか、お前誰だ?」

するとそいつは、俺に近づいてきて、話し始めた。


「お前の体の女の名は、オシュルー・ラータイガ。この世界最強の魔導士だ。オシューはこの世界では英雄だ。魔王を倒して、全ての人々の願いを聞いた。」


「ちょっと待てよ!この世界?魔導士?俺は一体…」


「「「人の話は最後まで聞け‼︎‼︎‼︎」」」


怒鳴られたので、とりあえず聞くことにした。


「オシューのやつは、この世界だけでなく、異世界にも興味があった。いろんな異世界を回っていたら…オシューは、お前を見つけた。ひどく悲しそうな顔をしていたと、オシューのやつまで泣いていた。オシューはお前を救いたいと言っていた。そして、オシューはお前のために、魔法を使って一時的に魂を、こちらの世界に避難させたと言うわけだ。」


「…えーと、それってつまり…」


「「「入れ替わってるー⁉︎⁉︎」」」


「ってことですよね?」


俺が聞くと、そいつは「まあそうだな」と静かに頷いた。

 簡単に状況をまとめると…俺はオシュルーってやつと入れ替わって、一時的に異世界に来てるってわけか。

「それで…お前は誰なの?」

俺が羽の生えた生き物に質問した。するとこう返してきた。

「オレは仕事の精霊、ワークだ。オシューの両親に雇われ、オシューの就活を手伝っている。」

 ほー、精霊なのか…どうりで羽生えてるわけだぜ…おい!ツッコミどころそこじゃないだろ!

「仕事の精霊?就活?どういうことだ?」

「聞いてわからないのか?つまりオシューは…」


    「「「ニートだ!!!!!」」」


    「「「ニート!?!?!?」」」


…て、なんだそれ⁉︎異世界にもニートってあるのかよ⁉︎そして就活の精霊ってなんだよー⁉︎もしや、俺の世界で言うハローワークか!だからワークなのか!納得だな!

「オシュルーさんは仕事しないのか?」

俺がそう聞くと、「するならここにいない‼︎」と怒鳴られた。この精霊はよく怒鳴るな…。

「とにかくだ!アイツのイタズラには困ったものだが、オシューに感謝しやがれ!」

「はい!ありがとうございます!」

「オレに言うなっっっ!!」


 

 ワークともいろいろ話して、一度この辺りを散歩してみることにした。

「わー…街並みが異世界って感じだなぁ…」

俺が呟くと、ワークが「そりゃ、異世界だからな」と返した。まあ、当たり前だが。

「あら、オシューちゃん!街に出てくるなんて珍しいわね!」

この人は…多分パン屋のおばさんだ。美味しそうなパンの匂いがする。

「ほんとだ!ママー!オシュルーだよ!」

「おお!我らの魔導士様!」

なんだか人が集まってきた。オシュルーさんってすごいんだな…。

「…オシューは普段、家に引きこもってゴロゴロしてることが多いんだ。」

ワークが小声で教えてくれた。…絵に描いたようなニートだ。

「ワーク、なんて返せばいい?」

俺が小声で聞くと、ワークは少し悩んでからこう答えた。

「語尾に『なの』をつければいい。あとはぶりっ子みたいにしろ。」

語尾に「なの」?変な喋り方だ。とりあえず、言われたとおりに話してみた。

「えーっと、久々にお散歩してみたくなったなのー!…み、みんなー!元気ー?なのー?」

アイドルみたいなのをイメージしてみたが…横目でワークを見ると、うなづいてくれた。これでいいのか…?

      「「「元気元気〜!」」」

どこかの教育番組でやってそうなフレーズだ。とりあえず、なんとか誤魔化せているみたいだ。

「あー、すまないが諸君、オシューは先を急いでいるのだ…」

ワークが道を開けるように頼んだ。

「あら!ついに魔導士様が働くの⁉︎」

「就活頑張ってねー!」

…なにかと勘違いされているようだが、その中を通り抜けていった。


「…なあワーク、なんでオシュルーはニートなんだ?」

 歩きながら何気なく聞いてみた。ワークは腕を組んでこう答えた。

「オシューいわく、働かない方が広い視野で物事を見れる、そうだ。オレはその意見には反対だけどな。」

「はぁ…?」

 俺らはそのまま、海に向かって歩いて行った。


 しばらく歩いていくと、静かな海辺の公園に出た。

「…この辺で休んだらどうだ?」

ワークが聞いてきた。「じゃあそうする」と言って近くのベンチに座った。

「…お前、思ったより驚かないんだな。早く帰りたいとか思わないのか?」

ワークがそんなことを聞いてきた。早く帰りたいか…俺はずっとここにいたいが…そんなことを思いながら、ワークにこう返した。

「元の世界にいた時は、こういう世界をずっと想像してたからなー、むしろこの世界にこれて嬉しいって感じ。ずっとここにいたいぜ…」

 ワークが隣のベンチに座って、魔法で取り寄せたかのように、一瞬でジュースを取り出して、渡してくれた。

「…お前、元の世界では大変だったようだが…オレはどんなことがあったのかは知らん。だが、顔でわかる。相当疲れた顔をしている。」

 いきなりそんなことをいわれた。こんなことを言われたことがないからか、何故か、目元が熱くなってきた。

「…話したいことがあるなら、聞いてやる。話したくなければ別にいいが…ふけよ、こっちまでしんみりする」

いつのまにか涙を流していたようだ。ワークがハンカチを差し出してきた。

「…悪い」

「別に、自分の感情を出すのはいいことだ。お前はそれすらも制限されてきたのだろう…?それに、涙を流すのはストレス解消にもなる。…泣きたいなら泣け」

俺はワークのハンカチを使って涙を拭いた。そして、俺についてを話した。


 「…そうだったのか。お前も、いろいろ背負ってんだな」

ワークがそう言って一瞬悲しそうな顔をしたが、その後咳払いし、

「…ええい!全く!異世界にはここまで体たらくした人間がいたとはっ!けしからん!」

と叫んだ。「喝を入れてやらんと!」と気合が入っている姿を見て、自然と笑ってしまった。

「話を掘り下げるようで悪いのだが…父親のところへは行かんのか?」

そう聞いてきた。お父さん…今はどこにいるのだろうか。

「正直にいうと、お父さんはどこにいるのかわからない。それに、場所を知っていたとしても、そこへ行くためのお金がない。」

俺がそう答えると、「そうか…」と、ワークが俯いてつぶやいた。その後ワークはいきなり立ち上がって、

「…大丈夫だ。オシューは多分、いや絶対!絶対だ!お前を救う!アイツはいつも言ってるんだ!困ってるやつは必ず助けるってな!」

と、俺に言ってくれた。

「…ありがとな、ワーク。少し元気が出た!」

俺がそう言うと、ワークは顔を伏せて、

「…ふん!顔はオシューだが、中身が違うと混乱するぞ!全く…!」

と叫んだ。ワークは少し、不器用なのかもしれない。

 

 俺が立ち上がると、ワークは「もういいのか?」と聞いてきた。

「充分休めた!…俺、もっとこの街が見たいから、早く紹介してくれよ!」

「…全く、立ち直りが早いやつだ。よし、ついてこい!」

そう言って俺たちは歩き始めた…その時だった。


  ―ドゴォォァォォォォン!!!


 大きな音が聞こえた。何かが崩れる音だ。

「…街の方だな。ユウ、行けるか⁉︎」

ワークが真剣な顔をして言った。

「もちろんだ!早く行こうぜ‼︎」

俺たちは、街に向かって一目散に走り始めた。


 街に着いたが、そこには先程訪れた街の姿はどこにもなかった。

 建物は跡形もなく崩れ、人々が地面に横たわっている。

 「…ひどいな。一体誰がこんなことを…!」

俺がそういうと、ワークが周囲を見渡して、

「ユウ!あそこだ‼︎誰かいる‼︎」

と叫んだ。近づいてみると、そこには一人の若い男がいた。黒いマントに身を包み、次々と物を破壊していく。


     「「「吸血鬼エクリル‼︎」」」


 ワークが男に向かって叫んだ。男は振り返ると、少し驚いたような素振りをし、

「なっ⁉︎オシュルーにワーク⁉︎…駆けつけるのが思ったより早かったっすね…」

と言い、落ち着きを取り戻した。

「エクリル…!悪事は辞めたのではなかったのか⁉︎また魔王の命令か⁉︎あの時の反省は嘘だったというわけか‼︎」

ワークが責めると、エクリルという男は少しムッとした顔をして、

「おっと…今回、魔王様はな〜んにも関係ないっすよ…ただ単に、自分の単独行動っす。…魔王様の侮辱はやめていただきたいところっすねぇ〜」

と、言い返してきた。そういえば、魔王はオシュルーが倒したと、ワークが言っていたな。こいつは魔王に仕えているやつなのか。

「だ〜け〜ど!ここであったが100年目‼︎魔導士オシュルー‼︎ここで消し炭にしてやるっす〜‼︎」

そう言って、エクリルがいきなり襲ってきた。


「「切り裂け‼︎『アナーキーヴァンパイア』!!!」」


 無数の魔法弾が俺たちを襲う…‼︎なんとか対抗できないのか…⁉︎

「ユウ‼︎魔法だ‼︎今のお前はオシューの体にいる‼︎こっちも魔法で対抗するぞ‼︎」

そう言ってワークが本を投げてきた。これは…魔導書?

「好きなページ開け!そこの呪文を詠唱しろ‼︎」

好きなページ…パッと適当に開いた。ええっと…これは、オシュルーの文字?汚いが、読めないことはない…よし!ここはいっちょ、ゲームみたいにやってみるか!


「―我、星の力を持つ者なり。星喰らう龍よ、我が呼びかけに応じ、その姿を現せ‼︎」


   「「「天乱雲・無双龍星群!!!」」」


   ―ドゴォォァォォォォン!!!!


 空から無数の隕石が降ってきた…綺麗だが…恐ろしい。これが、世界最強の魔導士の力…

「いったたぁ〜やっぱやるっすね〜…でも、一つ違和感が…」

エクリルという男はそう言って立ち上がった。…生きている…不死身の吸血鬼とはいえすごい…!いや、見た目が派手なだけで、本当は威力が弱いのか?すると、エクリルは俺に近づいてこう言った。


「君、オシュルーじゃないっすね?」


背中に寒いものが走った。この現象が、背筋が凍るということだろうか…?なぜコイツがわかった…⁉︎

「なんとなく、今日の魔法はいつものオシュルーよりも、元気がないような気がするんすよね〜…本物のオシュルーは、家という自分の家に引きこもってるんすかね?」

エクリルが「な〜んつって!」と言って笑った。

「でもま、本物のオシュルーがいないんじゃ、今がチャンスってことっすね〜!…ま、近いうちにまた会いましょうや!そんじゃ、自分はこれにて失礼!」

エクリルはコウモリになり飛んでいった…。


 「…なあ、ワーク…」

俺が問いかけた。少し疑問に思ったことがある。


 「「アイツ吸血鬼なのに朝外にいていいのか⁉︎」」


    「「今それを聞くか⁉︎⁉︎⁉︎」」


そんなことを言ったが、ワークはため息をついたあと、ちゃんと答えてくれた。

「やつは魔法で太陽の光が体に直接当たらないようになっている。…つまり、外で戦ったとしても、やつが不利になることはない」

その後に、ワークは街の方へ目をやり、

「…そんなこと聞く前に、やるべきことがあるんじゃないか?」

と聞いてきた。

 

 街は荒れ果てていた。俺たちが歩いた時の街はどこにもない。虚無が広がっていた。

「今のお前には魔法があるだろ?」

ワークが言った。俺は手元の魔導書を見た。

「…魔法で直せるのか?」

俺が聞くと、ワークは頷いた。

「リカバリー系の魔法も書いてあるはずだ。探してみろ」

そう言われ、俺は魔導書をパラパラとめくって見た。

「あった…万能のお直し魔法…」

人も建物も全て治せる…そんな魔法もあるのか。俺がワークを見ると、ワークは頷いた。

 俺は大きく息を吸って、呪文の詠唱を始めた。


「天よ、創造の神よ、ここにお慈悲を…万物を癒しへと誘いたまえ…!」


   「「「万物創造・復活の世界!!!」」」


 呪文の詠唱を終えると、俺の周りと街が光だし、壊れた破片が動き出した。壊れたものたちは、あるべき場所へと動き出した。


 一度目を瞑り、再び開けると、そこには今まで通りの活気ある街が戻っていた。人々の怪我も全て治っていた。

「おお、魔導士様、ありがとうございます!」

街のみんなが集まってきた。小さい子供からお年寄りまで…本当にたくさんの人が。

「オシューちゃん、あの吸血鬼って…魔王のところの吸血鬼だよね?魔王は…まだ反省していなかったのかい?」

パン屋のおばさんが言ってきた。俺はさっきあったことを、みんなに説明した。


 どうやら俺の説明でみんな納得してくれたようだ。そしてみんな、エクリルを倒すための作戦を練ってくれている。

「エクリルは、意外と念入りに計画を立てて実行するということを聞いたことがあります…その計画を立てているところに突入したらいいのではないでしょうか?」

村の教会のシスターの一人が言った。確かに、不意打ち作戦はいいかもしれない。

「その案、いいかもな!…なの!みんなありがとうなの!必ず、エクリルを倒すぜ!…なの!」

語尾になのをつけ忘れそうになる…そう言い、俺はワークと共に、家へ帰った。


 「確かにあのシスターの言うことは間違いではない。エクリルは、確実な計画を立て、確実に攻めてくる。ただ、計画がないとかなりポンコツだと言う話もある。攻めるなら、今しかないな…!」

ワークがそう言い、張り切り出した。

「じゃあいつ決行するんだ?」

俺が聞くと、ワークは「なるべく早くだ」と答えた。

「できるなら、明日にでも乗り込みたい…が、問題点が一つ…それだ」

ワークは魔導書を指差した。

「それがあると戦闘時に邪魔になるだろう…せめて、主要な魔法だけでも呪文を覚えておかなくては…というわけで、明日一日で覚えろ!」

ワークがビシッと指差していった。

「はぁ⁉︎明日だけ⁉︎おいおい、無理があるぜ‼︎」

俺がいうと、「簡単な呪文で強い技もある」と言い、なんとしてでも覚えろと言わんばかりにこちらに圧をかけてきた…。

「…明日が勝負だ。今日はもう遅い、とっとと寝ろ」

そう言ってワークは部屋から出て行った。


 外を見ると、明るかった空は暗く染まり、よく見えていた街も、闇に沈んでしまった。

 …学校での成績はそこそこだが、そんな俺でもこのぐらいは知っている…暗記は寝る前にした方がいいこと。

 俺は単語帳を読むかのように、読みにくい手書きの魔導書を読み、眠りに落ちた。


 翌日、俺は五つの魔法呪文を覚えた。


 炎属性最強魔法「炎天下・紅蓮地獄火」

 水属性最強魔法「溺死・水龍大渦巻」

 光属性最強魔法「戒・罪の十字架」

 回復最強魔法「万物創造・復活の世界」

 強化最強魔法「上昇・強靭なる剣」


 こうしてみると、オシュルーの魔法は漢字が多い。そしてかっこよく、派手なものが多かったのだ。

 さらに、どれも強いのだ。言葉にできないくらい強い。

 その度に思うのだ…どうしてオシュルーはニートなのかと。こんなにすごいのなら、どんな職業でもできるはずだ。

 何か意味があるのか…はたまた、ただ働きたくないだけなのか…

 呪文の特訓とそのことを考えていて、一日が終わった。


 その翌日…今日が、決戦の日だ。

 目の前に大きな城がそびえ立っている…恐怖すらも感じる。ここが、魔王城だ。エクリルがいるとしたら、ここだろうというのが、ワークの予想だ。

「…不安か?最強魔法をあれだけ覚えて…」

ワークが言った後に、こう付け足した。

「今のお前は、最強の魔導士だ。胸張っていけ!」

 俺は大きく深呼吸して、一歩踏み出した。


     「…ああ!行こう!!!」



 いざ中に踏み込むと…驚いたことがある。 

 それは…


「なんで外観は洋風なのに中が思いっきり和風なんだ⁉︎」


気になる…どうしても気になる…。外装と内装とのギャップがすごすぎる…。

「前にオシューと来た時はこんな感じではなかったぞ?内装もしっかりと洋風だった。」

と、ワークが。その後にワークが考え込んで、こんなことを言い始めた。

「…それにしてもおかしいな…敵兵が一体もいない。全く、無用心にも程がある…と言いたいが、これはおかしすぎる。ユウ、警戒しろ」

…確かに静かだ。何もいない。よくよく考えたら…奇妙だ。慎重に進もう。


 結局その後、特に何もなくエクリルの部屋の前まで来てしまった。

「…おかしい。エクリルのやつは何を考えている?まあいい、ここに入れば全てわかる…行くぞ、ユウ!」

「おうよ!」


     ―バンッッッッッッッ!!!!


 「「「観念しろなの!吸血鬼エクリル!!!」」」


そう叫んで入っていくと、エクリルが驚いて尻餅をついた。

「わあああああ⁉︎オシュルーにワーク⁉︎ちょっと‼︎来るの早すぎません⁉︎暗黙のお約束ってやつ、知らないんすか⁉︎」

「知らんッ!!!!そんなことをほざいているような余裕があるなら一発オシューが喰らわせるぞ!観念しろ!!」

二人で攻め入っていくと、エクリルは、

「…しゃ〜ないっすね…こうなったら即席魔法で…‼︎」

と構えたが、その瞬間、ドアの方から声が聞こえた。


     「「「待たれよ!!!!」」」


 そこにいたのは…ツノと羽が生えていて、和装をし、刀を背負った女だった。

「エクリルよ!拙者達の野望はついえたのじゃ!いい加減にせい!」

「で、ですが魔王様〜、自分はまだ諦めないでほしくて〜!」

エクリルが魔王と呼んでいる…ということは、あれが魔王…なのか?

「言い訳無用!もう悪事は禁止じゃ‼︎拙者達は共存の未来を作る!!」

そう言って、魔王らしき女は目を輝かせた。そして、俺たちに気づくと、こう言ってきた。

「おお!オシュー殿にワーク殿よ!エクリルが迷惑かけたのう…済まなかった!」

そう言って急に土下座してきた。

「この度は拙者の不注意故の出来事!責任を持ち、切腹いたす!」

「切腹はしなくていいわ!」

切腹しようとしている魔王をワークが止めた。

 刀をしまった魔王は、何かに気が付いたのか、俺をじっと見てきた。

「…お主、オシュー殿でござらぬな?何奴?」

「…あ、そこに気が付いたか…」

 そう言って、俺とワークは、今までのことを魔王に説明した。

「…そうでござったか。やはりオシュー殿は優しいのう!」

 そう一言言った後に、魔王は自己紹介をした。

「拙者、元魔王のライムと申す!過去には野望達成のため悪事を働いておったが、オシュー殿に倒されてからは、人間達や他種族との共存のために活動しておる!そして…拙者、東洋のナイトのサムライに憧れておる!城もサムライらしくするため、このように改装したのじゃ!以後、よしなに!」


 その後、ライムは話題を変え、話し始めた。

「さて、そちらの今回の損害はいかほどのものか?おそらくじゃが、街や人々は大変な傷を背負ったことじゃろう…こちらとしては、何かお詫びを用意したいところでござるが…そうじゃ!」

 そういうと、ライムはエクリルに大きな荷物を渡して、こう言った。

「エクリルよ、街の者達にこれを渡し、謝罪回りをするのじゃ!そしてついでに、皆を魔王城へ招待せよ!お詫びの宴を開こうぞ!」

「えぇ〜、自分が行って、みんな来てくれるんすか〜?」

 確かにそうだ。さすがに今の街のみんなはエクリルを信用していないだろう…。

「うむ…確かにそうじゃな…おお!そうじゃ!ユウ殿、ワーク殿!エクリルを手伝ってはくれぬか⁉︎感謝として褒美はたくさん出すぞ!」

 頼むとライムは土下座をしてきた。…そこまで頼まれては、断れない。

「…俺は褒美はいらないから!まあ、手伝うぜ!」

「…ふん、ユウが言うならやってやるが…!」


 あれからしばらく、魔王城には、街のみんなが集まっている。宴を楽しみにしている人、疑っている人、いろんな人がいる。


「皆のもの!この度は拙者の元へ集ってくれたこと、感謝する!この度の事件のお詫びとして、宴を用意した!皆、心ゆくまで楽しんでゆくがいい!」


 「…今日も楽しかったな」

 楽しい時間っていうのはすぐ終わるもので、宴もまるで儚い夢のように、一瞬で終わってしまった。

 オシュルーのベットに横になり、一日を振り返った…今日も色々あったな…そんなことを考えながら、俺は眠りに落ちた。


 「…い、おーい!」

 …女の子の声で目が覚めた。ここは…夢の中か?ふわふわしていて心地がいい。

「あ、起きた!…やっと会えたね!ユウくん!」

目の前にはどこかで見たことのある女の子が立っていた。

「あたし、オシュルー!オシューなの!」

その子は名乗った。そうか、お前が本当のオシュルー…

「魔法の効果、切れちゃったみたいなの…どう?オシューの世界、楽しかったなの?」

ああ、とても楽しかった…!ずっといたいって思えた。

「…いい顔してるね!よかった!大丈夫!君は救われるなの!」

ああ、ありがとう…!

「もう行かなきゃ!じゃあね…きっとまた会おうなの!」

彼女は光の中に消えて行った。


 …いきなり目が覚めた。あたりを見渡した。

…ゴミだらけの床、散らかったキッチン…

…ああ、戻ってきてしまったのか…。

 何気なくスマホをみた。日付が二日前から変わっていない。

 あれは、夢だったのか?あんなに楽しかったのに…全部夢なのか…そんなの…!


―クシャッ


 手を強く握ったら、音がした。…いつのまにか何かを握っている…紙だ。俺はその紙を開いた。そこには、あの読みにくい文字で、こう書かれていた。


『ユウくんへ!元気出して!何かあったらこのリボンにお祈りしてね!このリボンにはオシューの魔力がこもってるなの!きっとユウくんを助けてくれるなの!

               オシューより  』


 …夢じゃ、なかった…。自然と目元が熱くなってきた。

 よかった…あの思い出が、夢じゃなくて…ちゃんと現実で…!消えてなくて!


―ガチャッ


 ドアが開いた音がした。お母さんが帰ってきたのか…まずい!


         「…勇‼︎」


 そこにいたのはお母さんではなく…お父さんだった。

「…どうしてここに?」

俺が聞くと、お父さんは急に俺を抱きしめて泣き出した。

「よかった…よかった!突然お前の助けを求める声が聞こえた気がしたんだ…ふと思い出したことなんだ…ごめんな!あの時は怒りで我を失っていて…お前まで追い出してしまった…!辛かっただろう…本当にごめんな…!!!」


 お父さんの涙が溢れると共に、俺の目元からも涙が溢れた。


 

 あれからというもの、俺はお父さんの家で暮らすことになった。お母さんとは、一度も会っていない。

 毎日三食しっかり取れて、学費も払ってもらえる。

 家の家事は、俺とお父さんで二人でしている。

 お父さんはしっかり働いている。ちゃんとした家庭だ。


 今思えば、このことのきっかけを作ってくれたのは、オシュルーだった。みんな救いたいという願い…それを彼女は実行した。多分だが、お父さんが言っていた突然声が聞こえたってやつ、あれはきっと、オシュルーの魔法だ。

 そして…俺を救ってくれた。感謝してもしきれない。

 異世界で出会ってくれたみんなにも感謝だ。楽しい日々を、希望を…ありがとう。




 おかげさまで、そこら辺にいる普通な高校二年生になることができた。

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