第4話

 ロータス・フルキャッスルが介入しに行くのを見送ったミサ・ウィルペディアは一人考えに耽る。


「なぜ団長はリューさんの息子さんの顔を知っているのでしょうか。」


 それは素朴な疑問。


 忘れたころに『孤狼の集い』の兵舎に来ては息子の自慢話をしていくリューさん。


 しかし本人を連れてきたことは一度もなく、中には虚言じゃないかと勘繰るものすらいた。


 そんな中団長であるロータスだけは一切の疑いも持っておらず、むしろ新たなエピソードを催促することすらあった。


「実際に会ったことがある?でももし会ったことがあるのなら野放しにしていた理由がわからない。」


 疑問を紐解くとまた別の疑問。そんな堂々巡りを繰り返しながらも、冷気漂い、雷撃ほとばしるたった二名によって生まれた戦場を見つめていた。






「俺はそこの屑を殺したいだけだ。邪魔すんな。」


「だからそれを待ってほしいって言ってんだよ!!全く、話に聞いていた以上にやんちゃ坊主だな!」


 シデンによる本能的に最適化された数々の拳撃や蹴撃を、手に持つ盾を使って避けたり受け流したりしつつも悪態をつくロータス。


 彼がシデンに会うのはこれが初めてではない。シデンが生まれて間もないころ、シデンの父リュ-に半ば無理やり会わされたのだ。ちなみにだが当然シデンが覚えているはずもなく、目の前のロータスのこともいきなり割り込んできた知らん奴という程度の認識しかもっていない。


 それから現在まで一切会うことなく、リューからの話でシデンの強さはなんとなく把握している程度だった。本当ならシデンの母が死んだとき、『孤狼の集い』で保護するつもりだった。しかしそれはリューのほうから断られた。


「あいつにはずっと自由でいてほしい。俺よりも、ずっと。」


 それがリューの願いだ。それはいまでも変わらないらしく、もし『孤狼の集い』で保護してしまえば、その瞬間シデンは自由ではなくなる。それがリューの持論らしい。


「だからって自由であることと対人常識がないことは別だろう!?」


 容赦ない数々の攻撃。ご丁寧に両手足に氷と雷を纏わせている。これにより手足が頑丈になっているうえに、物理衝撃の後に雷の追撃がやってくる。


 攻撃の軌道やタイミング、強弱も戦闘センスのによるものか、虚実合わせた攻撃で翻弄してくる。そのうえ立体的な移動やその移動スピードも異常だ。


「まさかあの歳でこれだけの戦闘技術を持っているとはな。ならばかつてリューを捕らえたあの魔法でお前も抑え込んでやるよ。」


 手数・威力ともに増していく攻撃を受けながらも確実に捕らえるため内心画策するのだった。






 一方でシデンのほうも思い通りにいかず、内心イライラしていた。


 シデンは戦闘の天才である。普段からあらゆる獣たちを狩って生活してきた。


 なんであろうが狩れなかったことなどない。


 そんな不敗神話が崩れようとしているのだ。


(鬱陶しい。気に食わない。)


 駄々をこねる子供のような心とは裏腹に繰り出される攻撃はどんどん洗練されていく。


 ロータスの動ける範囲は徐々に狭まり、シデンにとっては都合の良い状況へと追い込んでいく。


 そしてついに均衡が崩れる。ロータスの重心が大きく後ろに傾いたのだ。


「もらった!!」


 そこに追い打ちをかけるように大きく前に出る。


「かかったな!」


 それはロータスがわざとつくった隙。


 ロータスが元々立っていた場所には光り輝く円形の魔法陣。


「<城魔法>円城鎖縛サークルチェーン


 すると地面から無数の鎖が溢れ出し、シデンの四方から襲い掛かる。


「センスは申し分ないどころか末恐ろしいものがある。だが対人戦闘の経験はさほどないみたいだな。」


 圧倒的物量でありながら不規則な軌道で次々に飛んでくる鎖をどうにか避けようとするが、必要以上にロータスの懐へと呼びこまれていたため避ける余裕はなかった。


 その結果シデンは鎖でグルグル巻きにされてしまった。どんなに解こうと抵抗しても逃げられそうにない。


「ふぅ、まさかここまで手こずるとはな。お前さんがすごいのか、それとも俺が鈍ったのか。とにかくやっとまともに話せる状態になったな。」


 そう言ってロータスはこちらを見つめる。その目に敵意はない。どちらかといえば村人たちがこちらを見てくるときの目に近い。


 その目にどこか毒気を抜かれ、自分の中の怒りの炎も鎮まるのを感じる。


「こんにちは。」


 生憎村人以外の人間に会った覚えがないので、生前母に教わった通りにしてみる。


 人に会ったら挨拶。これが基本。


「俺はシデン・エルブライト。あんた誰だ?」


 次に自分が先に名乗った後、相手の名前を聞く。


 あとは相手の反応を待ってそれに合わせて受け答えすればいい。


 そんな母の教えに忠実に従った。しかしうまくいかなかった。


「えっと、お前話通じるよな?」


「え?」


「え?」


 拝啓、天国の母へ。人との会話、難しいです。




 ちなみにそんなちぐはぐなコミュニケーションがされているころ、はっきり言って暇だったミサはその場を逃げ出そうとしていたアギラを捕まえていたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

氷雷の魔導士 荒場荒荒(あらばこうこう) @JrKosakku

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ