シャコになる

夏伐

目覚めるとそこにシャコ

 昨日はいつもと同じ日常を送っていたはずだった。


 学校に行き、ゲーセンに寄って、家に帰ってゲーム三昧。漫画を読みながら宿題を適当にこなして母に怒られて眠りにつく。


 だから、だから今どうしてこうなっているのか理解できなかった。


 目覚めると左手がシャコになっていた。手のひらはシャコの裏、手の甲にはシャコの背が見える。


 エビのような見た目で、落ち着いた色味。寿司屋でも見かけるそいつはとんでもない威力のパンチを繰り出すことで有名だ。


しかも時々ビチビチと跳ねやがる。活きが良い。


「いや鮮度の問題じゃない!」


 夢かと思い、シャコを……左手を机に叩きつけた。


 シャコはとてつもないパンチ力で俺の机を粉砕した。思わずシャコを目の高さまで上げて観察する。


「あんた、朝からなにやってんの!!」


 母さんが階下から机の粉砕音を聞きつけて、階段を上って来た。


 俺はシャコと目を合わせる。


「戻れ! 戻れ戻れ!」


 もちろん、シャコは甲殻類特有の足を動かすだけで反応はない。


 俺はとにかくシャコを隠そうと布団に潜り込んだ。


 すぐに母さんが、俺の部屋のドアを開けた。


「あんた何やって……なにこれ」


 粉砕された机を見て、母さんは呆気にとられた顔をした。


「――何したの!」


「寝ぼけちゃって、へへ」


 俺が笑って誤魔化すと、母さんは頭を押さえて部屋から出て行った。


「学校から帰ってきたら、片づけなさいよ! もう八時なんだから遅刻するわよ」


 扉の向こうから響いた母さんの声に急いで、支度を整える。


 左手がこんな状態じゃあ朝飯は食べない方が良さそうだ。制服の裾からはみ出るシャコを見つめて、俺は家から飛び出した。


 学校について、何て説明しようかと思っていたら左手は元に戻っていた。


「なんだ、やっぱり夢だったんじゃないか」


 安心して、何とか日常を取り戻すことが出来た。


 授業をうけて、購買でパンを買って、体育でヘロヘロになって次の授業で居眠りする。学校が終わりゲーセンに寄った。


 もうこれは習性だ。


 ただ、今日はゲーセンに柄の悪い少年たちがたむろしていた。


 なるべく気配を消して、ルーチンとなっている格闘ゲームをプレイしてすぐさま帰った。


 だが目をつけられていたらしい。


 ゲーセンの外に出ると先ほど見た柄の悪い少年たちが俺の進路と退路を塞ぐように立ちはだかった。


「俺たちちょっと金に困ってるんだよね」


 典型的なそんなセリフを聞いて、俺はグループの中でも最も小柄なやつを押しのけてその場から逃げ出した。俺は高校生、少年たちは精々中学生。三年分の体格差で何とか逃げ出せたのだが、


「逃げるってことはたんまりもってるってことだろ」


 路地裏に追いつめられてしまった。


 毎日同じ道しか通っていなかったから、他の細かい道や裏道なんて全然知らないんだ。地の利は彼らにあった。


 俺が一向に財布を出さないものだから、しびれを切らした少年の一人が俺に近づいてくる。


――ドゴォ


 鈍い肉が抉られるような音が響いて、俺の目は驚きに見開かれた。

 少年たちも驚いている。


 左手が近づいた少年を殴り飛ばしていたのだ。


 ――正確には左手のシャコが。


「シャコ、お前……」


「ば、化け物だ!!」


 少年たちは活きの良いシャコを見て、困惑しながらも仲間を連れて逃げ出した。


 俺はシャコと目を合わせる。


「助けてくれたのか?」


「昨日見てた漫画で俺もミギーが欲しいって言ってたけど」


 シャコがギチギチと音を立てながらそう言葉を発した。


「左手も捨てたもんじゃないと思う」


「……ないがしろにはしてません」


 俺が申し訳なくそう応えると、彼? シャコはするりと左手に変化した。


 それから時折、俺はシャコと話すようになり、彼も助けてくれるようになり、気持ち悪いがそれも日常と化してしまった。


 ただ、どうしてもシャコになる理由は教えてくれなかった。

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