第837話 宇宙の無人駅(ホーム全長15km)

 この『Planet Rhine』はダイソンスフィア計画における、『人の手を派遣する部署』であるようだ。


 なんらかのトラブルで機械だけでは対応できない時など、緊急時にすぐ人間を送るのために現場近くに設けた宇宙の宿直室とでも言えばいいか。


 計画の当初は無人機のみを使い、現場に人を送ることなく済むはずの建造プロジェクトだったという。


 だが計画の初期段階から技術的なトラブルが多発してしまい、結局はある程度の人数を送り込む古典的な形に軌道修正したらしい。


 科学が発達すれば今まで抱えていた問題はすべて解決するかと言えば、案外そうでもないようだ。


 技術力が上がればそれだけ高度な事に手を出して、より高度な問題に直面していくというわけである。そして最後の頼みはいつだって人道軽視の人海戦術というわけだ。


 過去に起きた原発事故の対処やその後の後始末を見れば、最後の頼みは善良な人間の自己犠牲だと嫌でも痛感するよ。画面の向こう側で炉心のダメージばかり心配して、海水注入を嫌がっていたスーツの集団のような人たちには一生わからないのだろうけど。


 技術のイタチごっこはともかく。この施設は光のシステムの基礎部にあたる大事な部分を制御している施設らしい。


 そしてこのコロニーの近くには『光の偏向器』がある。


 恒星の光を宇宙に浮かべた鏡を使ってあらゆる角度から寄り集め、1点に集束した光を遠く離れた受信施設に送るための『最後の反射』を行う設備が。


 正しくはその『偏向器』の設置された場所に向かうための『有人カプセル』の乗り込み場所があるというべきか。


 宇宙船のような便利な乗り物ではない。コロニーから偏向器までを行き来するためだけの炭鉱トロッコみたいな簡易な乗り物のようだ。


 ここに来た目的である『星の破滅の阻止』のために、そのカプセルはちょうどいい移動手段になるだろう。


〔このレーンは故障中です。迂回を推奨します〕


 なので先程の部屋を出て、前触れなくエイリアンの出てきそうな通路を徒歩で向かっている最中である。道案内のアナウンスだけをお供に。


 コロニーの全長は15キロメートルほどらしい。『管理者』は機械らしくもっと細かい数字を語っていたが覚えていない。


 とある有名なSFアニメでは回転の遠心力を利用して疑似重力を発生させる機構を備えたスペースコロニーが登場していたが、あちらの長さは確か30から40キロメートルだったかな。直径も6キロ以上あったはずだ。


 どうせ作るなら大きな居住地がいいし、サイズがあまり小さいと必要な疑似重力を得るための回転を速めねばならない。そのためコロニーにはある程度のサイズが必須なのだろう。


 ではこの施設の重力はどうやって発生させているのだろうか? やはり遠心力なのだろうか。


 科学に詳しいわけではないので定かではないが、この規模のコロニーでは遠心力を使った擬似重力で生活を送るのにはサイズが小さい気がする。

 まあ小さいと言っても建造物の用途と規模からすればの話だけど。来たばかりの余所者が不便を体感するには『乗り物』が大きすぎて判断に困るな。


 走る新幹線は外から見たら高速だが、中に乗っていれば新幹線と等速。その場でピョンと飛んでも即座に後ろにブッ飛んでいくわけもない。中にいる限り危険は無い。


 走る速度と同じ速度で自分も移動する限り、『擬似的には』止まっているのと同じだ。実際、最初の頃に比べると重力の違和感もさほど気にならなくなってきた気がする。


『管理者』に詳細な説明を求めればすぐ教えてくれるかも知れない。けれどこの文明の常識めいた知識だったらさすがに訝しまれそうで、ちょっと怖いな。どうせ狂っているからと、何をするのも無警戒になるのは避けたほうがいいだろう。


〔こちらのレーンは稼働しています。どうぞ、トレーダー〕


 異音を出してゴリゴリと開かれたドアの向こうに足を運ぶ。立て付けの悪い雨戸のようなのは経年劣化のせいだろうか。


 こんな感じに巨大な建造物らしく、コロニーの端から端にも移動用のモノレールじみたラインが通っているようだ。


 しかしいくつかのレーンは故障して使えないためストレートには進めず、さっきまでのように何度か徒歩を挟んだりして『乗り継ぎ』のような形で進んでいる。


 そしてレールを利用するたび地味に『カロリー』が減っていく。


 交通費を設定することで労働者の無用な行き来を制限していたのだろうか? 働きアリは自分の部署で働いて寝て、そして死んでいけばいいという社会的な思想を感じるな。


 出歩くのに貨幣やチケットの必要は無い。登録された人間の資産管理は機械側が行ってくれるようだ。これも一種の労働者管理のためのシステムだろう。ますます共産圏や全体主義らしい。


 この方式なら権力者側の判断で一方的に資産凍結できるのがミソだ。国民は見えないだけで首輪をはめられているのと同義。


 電子マネーオンリーの怖いところでもある。ボタンひとつ、トラブルひとつで文無しだ。ネットが使えなければカードもスマホもただの板切れ、体内に埋め込んだ電子チップも異物でしかない。


〔トレーダー、この先の娯楽室を利用しますか? 稼働に耐える娯楽設備が17パーセント残っています〕


 好奇心をくすぐられるが後回しと、貧乏くじで辺境の地に監査に来ることになった役人のリップサービスっぽく告げておく。


 正直に言えば興味は湧いている。けれど観光に来たわけではないし、あまり長居したい場所でもない。


 ここまで黙って進んできたが、全体に『安普請』という言葉が思い浮かぶ作りに感じて恐怖が勝ってきた。ここの死亡者の中には設備不良で死んだ人間もいそうだな。


 加えて乗ったモノレールっぽいものの乗り降り場所や車内が酷い。その荒廃具合は海外の危険地帯にある地下鉄駅のよう。


 ゴミまみれで落書きまみれ。明らかに内部の人間が破壊して回った損壊の形跡もある。


 特に落書きは読めない文字なのに、そこに込められた憎悪のようなものを感じるほど。


 ただ荒々しいだけではなく、書き手の心の奥底に溜めに溜めた絶望と怒りを叩きつけたような嫌な迫力があった。


 車内で立っているだけでどんどん気が滅入ってくる。地元で悪い噂のある廃墟に取り残されたらこんな気分だろうか。


 あるいは地縛霊でも肩に乗っかってきているのか。


 もし宇宙時代にも成仏出来ない幽霊がいるとするなら久しぶりに生きた人間が来たのだ、さぞやハッスルしている事だろう。


〔娯楽室を抜け、ここからは食料プラントゾーンになります。事故により損傷しているため現在は稼働していません〕


 先ほどから聞こえてくる声は『管理者』のもの。館内放送のような形で移動する施設の概要をその都度語りかけてくる。


 移動すると告げたとき、『管理者』も警戒してドローンでも随伴させてくるかと思ったのだがそんな事は無かった。


 まあ何か不審な動きをしたら即座に武装状態で飛んでくるなり、コロニーのあちこちにある壁や天井が開いて機銃掃射でもする仕掛けがあるのだろう。


 もっと簡単にその場の空気を抜くだけでも人は死ぬ――――『自動防御』は窒息から守ってくれるだろうか?


 この力は脅威を『消す』形で守ってくれる機能。もしかしたら『無い』事での危険には対応できないかもしれない。


 宇宙に放り出されたらどうなるだろう? 宇宙線からは守ってくれそうだが、真空には対処してくれるのだろうか。体内の熱の逃げ場がない世界だと、生き物は自分の体温でいずれ沸騰するなんて聞いたことがあるが。


 ふと、尻にコツンとあたる固い感触に気が付いてそれを見る。


 固い者の正体は腰に差した番傘。眠っているので閉じたままウンともスンとも言わない。


 悪魔に頼まれてやってきてほんの1時間そこらだというのに。奔放で頼もしいお姉ちゃんの声が聴けないのがもう心細いよ。


 腰を動かすたびにペシペシと尻を叩かれているような感触に苦笑する。まるで本当に情けない尻をろくろちゃんに叩かれているよう。


 ビビんな。そう聞こえてくる気さえするよ。


 気を取り直して窓の外を通過していく施設を眺める。


 居住者に成果を示すためのデザインなのだろう、食料生産エリアの壁はモノレールの窓から見える透明な作りになっていた。


 かつては畜産なり栽培なりしていたらしきそこはメチャメチャになっている。隕石でもぶつかったような有様だった。


『管理者』に問うと実際にそうなってこのありさまだと伝えられた。これは飛来した小さすぎる隕石が激突した災害の爪痕だと。


 何もコロニーの破壊にビックサイズの隕石なんて必要はない。それこそタンホポの綿毛程度の質量の破片でも宇宙時代らしい単位の超高速で激突すれば、それだけで壊滅的な被害となるだろう。


 減速の無い世界で加速された物体はそのまま飛び続ける。遠い宇宙の果てで生じた破片が何万光年の彼方から無作為に届けられることもあるのだ。


 いつかどこかで、不運な何かに当たるまで。


 もちろん宇宙進出した文明だ、相応にコロニー側もいろいろと防御手段を講じてはいたのだろうが。


 だが防災に絶対は無い。どれだけ文明が進んでも事故や災害はつきものだ。


 この瞬間にも不運なやつには宇宙からの贈り物が届くだろう。極めて低い確率を引き当てたなら。


 その低確率の贈り物が200年も鏡を壊してくれないから、屏風これがこんな所にいるのだけどね。


 ――――デブリは『自動防御』が防いでくれるはず。なら後は防護服と酸素か。


『管理者』はカプセルの乗り込み場所までは見学させても『偏向器』への移動は認めてくれなかった。そこからは人生初の『宇宙遊泳』になるかもしれない。


 酸素がいる。どう考えても数十キロは一息では辿り着けないのだから。

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