第831話 スフィア(殻)


 ひとまず話を聞くという点だけ了承したところ、問答無用で連れてこられたのは『荒廃した近代世界』だった。


 廃墟と化したどこかの都会。そこに建つ荒れ果てた高層ビルの上。


 廃墟、廃墟、廃墟。そして植物。


 目に見える限りで動いている乗り物や施設は何も無い。


 ここは植物に取り込まれた瓦礫の楽園。人でなければ住みやすかろうか。


 屏風これの貧相な知識と感性だけで、ここから見えている世界を言葉にするならば――――『人の死滅した世界』だ。


 人類が滅亡してそこそこの時が経った土地。


 人間の築いた多くの建築物がまだ原型を残していて、それでいて建造者や利用者は誰もいない。


 ――――よく言われる世界の滅亡とか、星の終わりという言葉は厳密には正しくないと思う。


 あの言葉を使う創作の多くは『文明が滅んだ世界』『国が滅亡した世界』『人が死滅した世界』を指して、『世界が滅んだ』と称する。


 別に『世界』も『星』も滅んではいないだろうに。滅んだの定義が人間とそのコミュニティの消失なのだとしたら、それはなんとも傲慢な物言いだ。


 人類自分たちが滅んだ=ぜんぶ台無しとは。


 星があれば虫や植物は残るし、人以外の動物が残っているなら滅亡とまでは言えまい。そんな考えだからどんな生物より強欲で傲慢な生き物なんだよ、人間は。


 笑わせる。星の支配者気取りの小悪党ごときが。人間なんていなくても星も宇宙も困りゃしないよ。


 ところでバタバタとなびくご自慢のマントは閉じたほうがいいのでは?


「はためくマントとマフラーは映像映えすると思わないかい?」


 いや、バッサバッサ言っとるがな。カッコ良さよりコント臭のほうが強いよ。


「そうとも。これがバタバタとたなびくだけで、人は静止した画面にも風を感じるのさ」


 その昔アクションの時に危険だとされて、首のマフラーをなびかせなくなったという古い特撮ヒーローに聞かせてあげたいね。実際当時はスタントも無茶が過ぎて俳優が大怪我したらしいし。


 いったい何十階建てなのだろうか。雲の動きは穏やかなのに、吹きさらしの屋上は風がとても強い。うっかりすると手にしている番傘を飛ばされそうだ。


 ここでの事はろくろちゃん部外者を立ち入れたくないとの事で、姉は傘の姿のまま眠っている。

 厳密には寝ているのではなく『止まっている』らしいが。それがどういうものかの説明はいちいち聞くことも無いだろう。


 荒れ果てているので煙や埃のにおいでもするかと思ったが、意外にも空気はきれいに思えるな。


 人間が滅んで活動を止めると自然が急速に回復するとの説もあるし、大都市から離れるとこういった廃墟より自生する植物の割合が増えるのかもしれない。


 ポストアポカリプス系の創作でよく見る砂と瓦礫ばかりの風景は、あくまで人の抱いている滅亡した世界のイメージでしかないのかもね。


 さて、この荒廃した世界を見せた意図について問う。『お願い』についてもまだ具体的には聞いていない。


 分かっているのは閉じたロジックへの外科手術を求められている事。要するに屏風これの持つチートズルだ。


 ルール内でどうにもならないならルール外でなんとかすればいい。ゲームの上では100パーセント負ける勝負でも、対戦相手と不正な取引をして勝つ方法は残っている。人の関わる話なんて盤外からいくらでも変える事ができるものだ。


「ビョーブ君に求めるのは救済だ。この世界に残るささやかな命たちに明日をプレゼントしてほしい」


 ミュージカルじゃないんだからキザなセリフは置いといて。もっと事務的にお願いします。


 あと屏風これはミュージカルというジャンルはあんまり好きじゃない。死んだキャラが跳ね起きて歌うな、踊るなとか、ツッコミたくなってしょうがない場面が頻発して作品に集中できないのだ。


「これは失礼、ゴールドはこういう性分と決めていてね。つい」


 改めて『ゴールド氏基準で事務的に』聞かされた話に、だんだんと能面みたいな顔になるのを止められない。


 最初に会ったときの印象は正しかった。言動と仕草がいちいち番組風で付き合い辛いぞこの悪魔。ハイテンションの芸風で押し切る若手の芸人のコーナーに巻き込まれた素人さんの気分だ。


「つまり近い将来、『この星を焼き尽くす宇宙からの熱線が触り注ぐ』というわけだ。ただ少々ペナルティが厳しいと感じる。だからゴールドなりに努力はしたのだけど、どうにも救済措置が間に合いそうにない」


 その足りない努力の部分を君に補ってほしいのさ。そう言って振り返りざまにピッと指差してポーズを取るな。そういうとこやぞ。


 悪魔の語ったSF物語風の話から必要な話を抜粋すると、自分たちの過ちで文明と環境を破壊したこの世界の人類に、不運が重なって再び死滅の危機が近づいている。


 なのでちょーっとだけかわいそうだから救済措置を設けたい。という事らしい。


 よもや『ダイソン球』なんてSF設備をリアルな話として聞く日がこようとは。もはやすっかり荒廃しているが、ここはとんでもなく高度な文明に到達していたようだ。


「失敗してこの有様だがね。恒星を包もうとはよく考えるものだよ」


 ヤレヤレと首を振る悪魔。斜めに乗せてあるだけに見える王冠は、ふるふると首を振っても落ちないようだ。


 ――――ダイソンスフィアとはザックリ言うと太陽を使った発電機だ。


 そんなもの屏風覗きがいた現世でもずいぶん昔からあるわけだが、このSF分野で聞かれる設備は『恒星そのものをパネルで覆う』事で全方位に放射されるエネルギーを取り込む事を目的とする。


 車のライトや石油ストーブの鏡面を思い描いてほしい。あれは全方位に放射されてしまう無駄な光や赤外線をかき集めるために設けられているもの。あの工夫があると無いとではライトの明るさや温かさが違う。


 このダイソン球も考え方としては同様だ。人にとって無駄に放射していると見なされたエネルギーを太陽自体を囲むことでかき集める。


 放射されるエネルギーの無駄をなるべく省くという意味では理解できる理屈だが、星をまるっと覆うという建造規模がどれだけバカバカしい話かSFに詳しくなくても分かるだろう。


 だがこの世界の人間はそれをある程度・・・・は成した。得られる膨大なエネルギーによってさらなる躍進を遂げるために。


 しかし彼らの結末は御覧のあり様。


 どれほどエネルギーがあろうとも、そんなものとは無関係なところで彼らは致命的に失敗したようだ。


 これも詳細など聞くこともないだろう。SFストーリーの滅亡理由など似たり寄ったりに違いない。


 ところが文明が滅んでも『物』は残るわけで。


 例えば建造者も管理者も修理人も失った、あまりにも不完全なダイソン球とかね。


 光のエネルギーを集めるはずのそれはある日ただの鏡のような役割を果たし、遠いこの星にいずれ致命的な量の集束した光を送り込むらしい。


 有名なリアルロボットアニメでもあったな、そんなシステムを使った攻撃。


「残念ながらこの星の人間たちにはこれを防ぐ術は無い。もう繁栄していた時代から何世代も経って、今ではかつての事実であった『記録』が、真偽の知れぬ『言い伝え』と言われる文明レベルだからね」


 ――――そこでビョーブ君の出番、というわけさ。


 白い手袋をした手で悪魔は天空を指す。薄暗い空にポカリと浮かぶ不自然に巨大な天体を。


 たぶんあの位置には輝く太陽がある。今は愚かな人類の負の遺産に遮られているだけで。


 なんて、傲慢。


 命の象徴、太陽に対してこれでは人の祈っていた作られた神への信仰など、とうに捨てられて久しいのだろうな。


 それでも打ち捨てられた世界で悪魔は目をそらさず、ぼんやりと暗い空を見上げる。


 雲ひとつ無い快晴なのにこの星は暗い。命を育む光をあの空に浮かぶ螺旋に無意味に奪われている。


 それを地獄のようだと言うならそれはそう。


 だってここにはまだ悪魔がいるのだ。


 人間が壊した終わりゆく土地に、それでも悪魔だけは希望を捨てずに残ってくれている。


 神を捨て、神もまた見限ったこの世界。そこで未だ喘ぐわずかな人間の生き残りのために。

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