第830話 ラメ・グリーン!(戦隊ヒーロー風の言い方)

 朝から下界へ。昼以降は深夜まで予定がカツカツなので、今日は午前中くらいしか自由に使える時間が無い。


 まあ仕事ではないから自由時間という意味では自由なのだけどね。約束しているお相手がいるという意味で予定があるのだ。


「またたくさんようさん担いだのぉ」


 下界への支援物資を全身に括りつけた姿に呆れた声を出すろくろちゃん。


 二日酔いの症状はだいぶ治まったようだが、昨夜に見た顔の引っ掻き傷はまだ消えていないようだ。


 それでも薄いカサブタになっているので自然治癒は行われていると思われる。二日酔いになる体といい、こういうところも化けた生き物基準なんだな。傘に戻ったらどうなるのだろう。


「こんくらいなら何も変化はないなんともならん。この体の全部が全部、うちの傘や無いからの」


 狐や狸が葉っぱを小判に変えたり馬糞をぼた餅に変えるように。変化の『かさ増し』として近場の別の物ものを少し取り込んだりするそう。最初に傷がつくのはだいたいそれなのだそうな。


 考えてみたら道理なのかな? 人型のときのろくろちゃんと傘のときのこの子では明らかに重量が違うし。


 番傘は傘の中でも重くてさらに鉄の芯まであるとはいえ、女の子ひとり分の体重にはまだ足りないものね。他の付喪神たちもそうなのだろうか?


「人によるの。うちの術は家族に教えてもろたもんや」


 家族、という言葉に少しだけ重みを感じる。


 それに気付かれたと悟ったらしい姉は『こいつならいいか』と言いたげな顔で、過去に白玉御前様をろくろちゃんと共にお育てになられた付喪神のおひとりだったと明かしてくれた。


「あの頃のうちは人の生皮張り付けただけの鉄の棒きれやったからな。まだ子猫の時分の玉が、寂しゅうてにぃにぃ泣いとっても撫でてやれんかった」


 それを見かねた通りがかりの古い付喪神が、まだ幼いみぎりの御前をあやしながらろくろちゃんに人化けが出来るまで教えてくれたらしい。


「それから似たような物好きが集まってのぉ。一番多いときは七人もおったんやで?」


 懐かしそうに話すその優し気な顔に少し見惚れる。家族を誰かに自慢できるとは、こんなにも美しいものなのだね。


 こちらが黙って聞いている事に羞恥を感じたのか、姉は軽く咳払いをして『近いうちに会わしたる』と零して顔を背けた。


 さらに少し気恥ずかしい空気を変えようとしたのだろう。ワザとあしざまに昨夜の話を始める。


 やはり顔の怪我は黄金こがね様とやり合った傷らしい。『顔に青タン作ってやったわ』とか、武勇伝のようにガハハ笑いをしている姿が実にヤンキー。


 ただその反面、ケンカの原因については言葉を濁された。事情説明以前に『あの阿保が悪い』の一点張りである。


 追求は諦めよう。他人のケンカに口を出すのは拗れる元。まして女性の争いともなれば厄ネタでしかない。


 ちなみに今回の護衛はろくろちゃんだけ。失った生気の件があるからだ。念のため数日は付喪神をゾロゾロ連れ歩くのはやめたほうがいいと言われている。ひ弱な主人ですまない松ちゃん。


「弱っとると無用ないらん病魔を引き込むでの。祭りが終わったらしばらくはきつねや辺りでなぁんも考えず養生しい。うちから玉に言うとくわ」


 湯治か。大首様も天狗山の戦いで弱った体を休ませるためにきつねやを使われ、体? 体でいいのかな? いやあの方の場合は頭? 頭だけで湯船に浸かるときはどうするんだろう? 妖怪は謎がいっぱいだ。


 いつか大首様と裸の付き合いでもしてみようか。ちょっと怖いもの見たさ重視で失礼な話だけどね。


 姉に番傘の姿になってもらって肩にかける。って、傘の姿でも若干酒臭いなオイ。


 それでも酸っぱいにおいよりマシかなと諦観を抱きつつ『門』を呼び出す。


 ――――デカいな?


 これまでも要塞の城門のような厳つさと大きさを持っていた『門』が、さらに大型化している?


 しかも『前線の砦』的。いかにも実用一辺倒のデザインだった前と比べて、細部に優雅な装飾さえ施されている。金属で補強された部分に見えるのは彫金というやつだろう。


 これでは『砦の門』というより『お城の正門』だ。なんなんだ?


 これまでも初めの『木戸』から『屋敷の門』、次いで『砦の門』と変わってきたが、この変化は別のスマホっぽいものを取り込んだり持ち主を下した結果として変わったものだと思っていた。


 対戦者を脱落させたり、キーアイテムを奪ったりすると『ご褒美』として得られるパワーアップ的なものだと。


 スマホっぽいものの表示を見る。


<利用可能時間、あと『09:31:46』です 未使用でもポイントは戻りません>


 10秒、1分に続いて今度は10分の利用時間か。そろそろ団体さんでも通れそうだ。相変わらず灰色の世界で動くものは屏風これだけなので意味ないけどさ。まあ余裕ができるのはありがたい。たまにこの短い制限時間に悩まされていたし。


「やあビョーブ君。待ちかねたよ」


 いきなり傘が乗っていないほうの肩に誰かの手をポンと乗せられてビクウと体が跳ねる。


 振り返るとそこには仕立て屋の悪魔グレイス氏――――と顔だけそっくりなゲームデザイナー『ゴールド』氏が立っていた。


 クセ毛の頭に小さな王冠を斜めに被り、ギラギラのラメが入った金色のネクタイを締めた姿は以前に別れたときそのままだった。


「おっと。さすがにまったく同じではセンスを疑われるかな?」


 白い手袋をつけたままでもパキンと鳴る軽快なフィンガースナップに濁りは無い。


 その音が響いたと思った頃には、小さな王冠を斜めに被り、ギラギラのラメが入った緑色のネクタイを締めたゴールド氏が現れた。


 いや、色違いかぁーい。ゲームでよくある『水増しした衣装』じゃん。


 後は敵キャラね。NPCとかもデータの容量圧縮や開発負担軽減のために、よくこういう水増しをされるのだ。


 思わず芸人のようにビシリとツッコミを入れると、ゴールド氏ならぬグリーン氏は『はっはっはっ』と実に胡散臭い笑い方をした。


「打てば響くとはこの事だ。悲しいかな知り合いはボケ役ばかりでね。ビョーブ君がよければコンビでも結成しないかい?」


 ゲームデザイナーを引退してコント芸人でも始めるつもりなのかしらん? もしくは色が変わると特性が変わるのか。緑なら感覚アップとか、青なら跳躍力が上がるのにパンチ力は下がるのかもしれない。


 冗談に聞こえないデビルジョークを胡乱な気分になりながらスルーし、持ち出している家具について伝えておく。


 正直、盗んだと言われたらそう捉えられても仕方ない形だ。まずは謝っておこう。


「いやいや、謝罪は不要だ。置き忘れた物を預かってくれたと解釈しているよ。私のコレクションはいつでもどこからでも手に取れるせいか、ついつい出すと出しっぱなしにしてしまってねぇ」


 どうやら話す限りにおいて、ラメグリーン姿のゴールド氏は今回の件で気分を害してはいないらしい。ああややこしい。


 では保管場所まで案内するので引き渡しを。ちょうどそこに向かうところだ。


 なんでこの灰色の世界で動けるの、とかの疑問はどうでもいい。たぶんグレイス氏もやろうと思えば動けるのだろうし。


「恐縮だ。ただ、そちらはそちらとして――――少々お願いを聞いてもらえないかな?」


 それまでの軽薄な態度をすっと改め、頭に輝いていた煌びやかな王冠を外すと胸に手を当てて軽く腰を折った悪魔。


 この灰色のだけの世界で、まるでそこだけスポットライトでも当たったかのような存在感。


 もしもこの場に知り合いの役者たちがいたのなら、嫉妬を超えて殺意さえ抱きそうだ。ルックスだけを頼りにステージでセリフを喚くだけの役者より、よほど美しく世界を切り取っている。


 彼女は体だけは『お願い』の姿勢を知りつつも、そのルビーのような赤い瞳でじっとこちらを見つめてくる。


 試すように。値踏みするように。


 ――――弱き者に試練を与える、傲慢な神のように。


 いやまあ知り合いだし、話くらいは聞くけどさ。


 ところでお願いをしてくる悪魔はふたり目になるんですが。なんか世間で認知されている『悪魔と人間の構図』が逆じゃないです?


 そう言って少し茶化すと、顔見知りの悪魔は子供に意表を突かれた大人のように少し優しく笑った。

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