第832話 プラネット、悪魔と連想して、ついどこぞの超人を思い出した人は挙手

 aを抜けるためにはbへ行く必要があるが、bに向かうにはcを経由しなければならない。ただしcはaの奥にある。


 こんな感じの命題を知っている方は多いだろう。ドラゴンを倒すためには剣が必要で、でも剣はそのドラゴンを倒さないと出てこない。みたいなやつだ。


 ゴールド氏に聞かされた話はまさにこれ。正攻法では手の打ちようがないから、屏風これの持つスマホっぽいものでなんとかしてくれというものだった。


「悪夢から覚めるには目を覚ませばいい。しかし、この世界は目を覚ますための目覚ましを掛けていないのさ」


 隙あらば意味あり気にキザなセリフを紡ぐゴールド氏に閉口しつつ、この世界の滅亡に介入する具体的な方法を問う。


 どうもこの悪魔は自分から人類を助けるわけにはいかないらしい。


 詳しい事情を聴いてもしょうがないのでそこは別にいい。むしろ話たがりっぽい彼女が率先して話さないなら、矮小な人間などに聞かせていいものでも無いのだろう。


 まず問題をならそう。


 この世界の人間にはダイソン球から降り注ぐ超がつく熱光線を防ぐ手段が無い。すでに文明を失ってそこそこ経ち、自分たちが置かれている状況さえ分かっていないほどなのだ。


 かつて自分たちの先祖が作ったデカい鏡が、壊れた挙句に集めた光で星を焼くなんて夢にも思っていないのである。


 だがこれを知っている悪魔は人の滅亡危機に直接の介入ができない。


 そもそもこの世界の人間に伝えてやっても対処法自体が無いから、それでは死のカウントダウンを教えてやるだけになる。そんな事をするのはむしろ残酷な事だろう。


 しかしなんとか助けてやりたい。


 そこで登場するのがチートズル持ちの屏風これというわけだ。


 悪魔は救済できないが、別のところから引っ張ってきた『同じ人間』が救うのを手伝うくらいはよかろうよ。というグレーゾーンの判断である。


 いや、いいけどね。杓子定規はそれを尊ぶ人が守ればいい。人の生き死にまで融通が利かないのではたまらない。


 で、どうすりゃいいの? という話に戻る。先ほどからふわっとした状況説明だけで具体案が無いようですが。


「もちろんその辺りからビョーブ君の役割さ。ゴールドは問題を伝えて、異界のお姫様のように『助けて』と祈るしかできないんだ」


 しょっぺえ。まあその手のお話ってだいたい導入はそんなだね。ヒロインが助けてと言うだけで後は丸投げ方式である。


 すべての元凶と決めつられている魔王( 笑)がいかにもなお城にご在宅なのは、むしろ導入として親切設計なほうかもしれないな。


 知り合いの魔王様なんて寄席で芝居を打ってるだけだよ。


 あと客向けに割高で煎餅も焼いてます。ちょっと高くてもファンがこぞって買っていくので借金持ちとしては小銭が稼げてウハウハらしい。

 ちなみに塩味と甘醤油味の二種類で味はごく普通。焼き印で片面に『浦』の字があるのが特徴だ。


「それはそれは。可愛い魔王様もいたものだ」


 悪魔が思考を読めるのは知っていたけど映像も見れるようだ。頭の中が筒抜けでたまらないな。


「昔はすべての者がすべての者と繋がっていたものなんだけどね。人も動物も植物も、小石や岩とだって繋がっていたものだよ?」


 バベルの塔の神話でそんな話があったな。伝わっている話によって細部は違うけど、その時代は誰もが言葉を共有していたというのが共通だ。


 これは人間同士だけのパターンの他に、動植物や無機物までも含むパターンもある。


 石が自分から製材されて塔のパーツになったりした、とかの話が書かれたものをいつか読んだ記憶があるんだよね。だからこそ人の手に余る巨石建築が大昔に可能だったとかなんとか。


 そこまで考えて、ふと馬鹿らしくなり吹きさらしの高層ビルのど真ん中で肩をすくめる。


 バベルでなくても人は大きな建築物を建てては壊し、時代ごとに盛衰を繰り返してきた。


 その結末がこれだ。


 この朽ちかけたビルディングバベルと、太陽を覆わんとしたあの醜い螺旋がすべての人の技術の集大成。


 馬鹿の極みだ。それ以外に感想など無い。


 きっとあらゆる場所から資源を絞りつくして作ったのだろうに。ぜんぶがぜんぶ瓦礫の山じゃないか。残された他の生き物にとって迷惑なだけだよ。


 屏風覗きが世をすねたダークヒーローなら、このビルの端にでも立って荒れた世界をバックに人の愚かさをベラベラ語る場面かな。


 怖いから絶対に端には寄りたくないが。たとえ飛べても嫌です。想像しただけで下っ腹が軽く縮むもの。


 もちろんビルや建設現場の鉄骨に気だるげに腰掛け、人の愚行をポツポツと語り出すダウナーな語り手のようにもいかない。


 呆れた気分で見上げる空には、ダイソン球のバネルらしき螺旋で包まれた太陽。


 蛇に絡まれた卵のようだな。あれのせいで朝でも暗いのだろう。昔は別の方法で街の光源を取っていたんだろうが。


 輝く太陽を隠しておいて、わざわざ別の明かりを用意する――――バカバカしい、本当に。


 大きくて近く見えるけど、月より遥か彼方の天体だ。考えたらアホらしくなるほど光年単位で離れているのは間違いない。


 屏風覗きの住んでいた現世より遥かに文明の進んでいた世界だし、全盛期は天体間移動どころか恒星間飛行さえ実現していそう。そのレベルまで行けば一般市民でも海外旅行程度の距離感覚になるのかね。


 問題のならしが終われば解決法の模索の段階。


 思いつく解決方法はまだない。ただ、まずは解決に至るための第一段階を始めよう。


 何をするにも距離が邪魔だ。あそこまで行かねばなるまい。


 現世の地球から太陽までは何光年だったか。天文学はあまり興味が無いから覚えてないや。


 無理やり何かに例えた星座と発見した人のつけた覚え辛い星の名前。あとは桁だけ多い小難しい数字ばっかりなのだもの。


 スマホっぽいものを手に念じる。


 これはチートズルのひとつが機能するトリガー。何の説明も無い道具を屏風これなりに調べてきた推測。


 今までの経験則でもある。


 必要だ、困っている。そんなときにしれっと追加されるのだ。


〈カタログの購入にはポイントを消費します YES/NO 拝借500ポイント〉


<asdfghjkl;952ex17sd53――――コードが特定できません。仮称『Planet Rhine』 50000ポイント YES/NO?>


 今の状況に必要な『カタログ』が。


 行くだけで5万も掛かるお店か。名前や状況からすると宇宙旅行会社とか? 


 これまで貯めては使ってを繰り返してトータルのポイントは13万ちょい。


 ただしこれは屏風覗きのプール分と御前にお渡しする分の合算だ。実際に使えるのは8万と774。末が縁起よくスリーセブンと行かないのが屏風これらしい。


 1000ポイントでひと財産、か。


 いつか聞いたちっちゃい守衛さんからの言葉。1ポイントの増減で四苦八苦していた時からずいぶんと貯めたものだ。少し末尾が変わったのは占拠したゴネリルを調べるためにちょっとウロウロしたからだろう。


 100メートルで1ポイントの踏破の機能は今も健在。その事に少し安心する。


 歩いていけばいつか戻れるのだ、幽世に。


<ご利用ありがとうございます>


 じゃあ行こうか、ゴールド氏。そして寝ているけどろくろちゃん。この状況を打破してくれるらしいお店、『Planet Rhine』とやらに。


 知り合いのちょっとした手助けのつもりが、春から今年一番高くつきそうだ。


<実績解除 お大臣 1000ポイント>


<実績解除 星の海へ 5000ポイント>

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