第814話 意思疎通などできないしする気もない、ある怪物の話
やはり噴水は支配の登録地点だった。
水場という『生き物が休める場所』がそう設定されている事が実にゲーム的だな、などとひねた感想が脳裏をかすめる。
街を見下ろせる高い立地からこんこんと水を噴き出し続ける噴水に思う。ここに建っていたお城は防衛立地的に別に不自然な場所ではないのだが、あるいはこの噴水を外敵から防御するためにこそ建てられていたのかもしれないと。
だとすると城を建てるより前からこれらのシステムはあるわけで。どれだけ以前からこんなくだらない物を使ってナンバー同士を争わせているのやら。
ナンバーに欠員が出たらすぐに補充されるのか? ひとつのゲームが終わるまで脱落者は欠けたままなのか?
――――いつかこのスマホっぽいものによる争いが終わったら、それで何が決まるのか? せめてルールくらい教えてほしいものだよ。どこかの誰かさん。
どうであれ手放せないのが辛いところ。最後の最後、その時までは。
これが屏風覗きという無能な偽妖怪を幽世の皆に認めてもらえる、ただひとつの力なのだから。
支配権は『01』に渡した。ひとつ前の町『SHIP’S DOG』はそのまま『04』にして、ちょっと検証してみようと思う。
もし『ゴネリル』だけ奪い返されたら『01』依存の街の防御に決定的な穴があることになる。少なくとも『02』か『06』にウィークポイントが知られているという事だ。
幽世に戻ったらこの考えを立花様経由で説明申し上げておこうか。リスクを分散するために分けましたと言えば、城の備蓄庫を手間を増やしてでも分散する方針を持つあの御方なら分かってくださるだろう。
ひとつ火事になったらぜんぶダメになるのをよしとしない、その慎重さを見習いたいですな。
ひとまず当面の大仕事は終わった。そう重圧から解放されたと感じた途端、体のほうが油断したようで一気に貧血のように目が回った。
それでも出来るだけ余裕なフリをして、噴水の縁に小休止という態度で腰を掛ける。
実際こういう噴水の縁に腰掛けて、小洒落た俳優がアイスクリームパーラーから買ってきたアイスを食べるシーンとかレトロな洋画だとよくあるよね。他にはホッドドッグもあるかな。
何で観たのか具体的に思い出せないけどさ。なんとかの休日だったかな?
とにかく体が重い。1時間目いっぱい水泳でもしたかのようだ。学生時代の水練の後のよう。あれはとにかく次の授業が眠くて酷かったなぁ。
「酒の
庭園に飛び散っていたこの国の金貨らしいものを拾い、シャリシャリと弄んでいたろくろちゃん。姉は歪みのある二枚の貨幣をピッと指で弾いて捨てると屏風覗きの顎を持って容体を確認してくる。
浦風一座の芝居ではちゃんと切られ役を務めたのだけどね。
「阿呆。こらもうアカンわ、城に帰んで」
こちらの強がりに呆れた顔でツッコミを入れたろくろちゃんは、当然のようによっこいと小さな体に背負い出す。
驚いて立ち上がろうとしたものの、膝がついてこずに片足がガクンと抜けて片膝立ちになってしまった。歌舞伎だったらあいやしばらくとでも言いそうな格好だ。
「フラッフラやないかい。ええから背負われとれ」
いや体格的に無理がある。この姉は言動と行動こそヤンキーそのものの狂暴付喪神だけど、体格的には小中学生とどっこいなのだ。現代人の体格の
「引きずらんならええんやな?」
だが古今東西、気弱な弟の言い分など強気の姉の前では無言と同じ。問答無用でむんずと掴まれ、おんぶならぬ肩車状態にされてしまった。
体格的に絶対位置が逆。トップヘビーでバランス悪。それでもろくろちゃんは苦も無くのしのしと砦に向けて歩いていく。
「昔は肩車くらい小さい玉にようしたったもんや。懐かしいのぉ」
なんとか降りる説得の仕方が無いものかと考えていた時、ふとそんな昔話を遠い空を眺めるように語られてしまい口を噤む。
「誰に似よったんか
あれは
子守歌のように語る言葉に含まれるのは御前とろくろちゃんの過去にまつわる
ろくろちゃんと共に幼い御前をお育てになった、今はもういない付喪神たちとの思い出の話。
「
花と線香でも持って。
顔を向けることなくそう言った傘は、少しだけ寂しそうだった。
御前のガマズミ紋は城のあった敷地近辺くらいが範囲らしく街までは影響下に入らないっぽい。俯瞰的に見ると前の町『SHIP’S DOG』の敷地面積くらいのようだ。
おかげで例の謎の光による防衛機構はほとんど働かなかった。せいぜい近付き過ぎていた街側の駐屯兵や火事場泥棒っぽい連中が消し飛んだくらいらしい。
報告、見張り台にいた矢盾。それを見た他の者は祈っていた連中含めて逃げ散ったそうな。
爆発音や銃撃音が聞こえてもボーッとしていられるのは日本人くらい。普通は人が倒れたり消し飛んだらどんな鈍いやつでもひとまず逃げるよね。
「民草らしい者たちではありませんでしたな。まあ国の惨事によく動くのは性根の腐った悪党と決まっております」
だからあまりお気になさらず。
こちらを気遣って言葉を選び、酷く優しい顔で語り掛けてくれる矢盾の配慮に甘えて小さく頷く。
大きな災害の起きた場所に恥知らずな泥棒がやってくるのは昔から。現世でもどこでも。そんな連中だけが死んだとするなら気持ちも少しは楽になる。
これを幸いと思うのは侵略者のエゴだろうけど。
防衛の光が街全体を覆って、大勢の市民諸共の虐殺になる可能性も十分あったのだ。
惨事を想像していたのに。それでも支配を実行した事実は拭えないだろう。
「当面はここが美濃英の土地や。こんだけドデカい領地を落としたんやから、ひとまず攻められた仕返しとしては十分やろ。しばらくゆっくりしぃや」
何もかも他人任せで都市の攻略をしたという自覚は無いが、確かにこの都市の中枢は奪った。もっとも下界の連中からすれば役所に人食い虎でも居座ってしまった気分でしかないかもだが。
別にこちらは彼らに金や物を差し出せとか、前任を倒して支配者になったから認めろと触れ回っているわけでもない。
ある日空から急にやってきて、自分たちの統治者だったはずの者たちをあっと言う間に皆殺しにして居座っているだけの化け物である。
まるでおとぎ話に伝わる怪物のよう。意外とそれらの話の元ネタはこんな感じだったのかもしれないね。
現地の人々と意思疎通などする気が無い、ひたすらに身勝手な一団が現れたという話を昔の人たちは怪物に見立てたのかも。かつてのバイキングのような略奪集団のように。
あるいは白人以外は
――――ならば
この蛮行は善良な妖怪の手によるものではない。何もかも同じ人間の
街の人間たち、恨むなら恨め。呪うなら呪え。涙も憎悪も同じ人間の身で受けて立とう。他に怒りを受けるべき正当な者など、ここにいる妖怪にはひとりたりとていやしない。
少しだけ安心するよ。泣いている子は少ないほうがいい。こんな事で罪悪感を感じるのはひとりでたくさんだ。
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