第812話 支配者の消えた街

 飛来したそれは市民たちの目にどう映ったろうか? 全長約300メートルもの鉄の船が、虚空からのっそりと近づいてくる様というのは。


 それもついさっき権威の象徴たる彼らの権力者たちがおわす根城が、空から降ってきた爆撃によって消滅した直後となったなら。


 屏風覗きが双眼鏡で見下ろしての感想は『意外と落ち着いてる』だ。都市にいる市民たちに逃げ惑うといった様子は見られない。恐慌状態となって泣き叫ぶような姿も。


 下界の人間たちは思ったより胆力があるのだろうか? 来るなら来てみろ精神で待ち構えているとしたら船を下した途端に四方八方から攻めてくる可能性もある。


「いえ、おそらくは茫然としているのかと。まるで天変地異の後のような気配です」


 現世で大地震に見舞われたときの事を思い出しまする。そうしみじみと言った矢盾の言葉に同意して錦さん、ろくろちゃんさえもが頷く。


 妖怪たちにとってもあまり良い記憶では無いのだろう。地震となればそれを原因とした大火や津波にまで見舞われる大災害の代表格。いずれひとつ取っても見知った街並みがあっと言う間に変わるくらいの凶事だ。


 さらにそこから先に待っている事もまた地獄。家を失くし、財産を失くし、家族を亡くし、仕事さえ無くなってしまう。


 自然の気まぐれを体験した者にとって、これほどの無力と絶望を味わうものは無い。


 妖怪たちは地震大国なんて言われるくらい地震が多い日本の出身。長生きしていればそれだけ大地震に見舞われた回数も多いだろう。そしてそのたびに人々の苦難を見てきたに違いない。


 敵は敵と割り切れる姉や矢盾でさえ思わず哀れにも思ってしまうくらいの虚脱。街の人間たちは絶望からくる諦めによって、逃げる事さえ思いつかないほどの精神状態になっていると矢盾は読み取った。


「まあ無理ないかものぉ。いつも自分らを見下して町に突っ立っとった権威の塊が、あっちゅう間に粉々になってもうたんや。今まで誰に頭下げとったんやと阿呆らしゅうなるで」


 ろくろちゃんの言い分はただの決めつけだが、あながち間違いでは無いかもしれない。


 人の権威とはまやかしだ。そのまやかしで大多数に尊敬や恐れを抱かせ、もって自分たちの支配を正当化する。


 権威を生むのは金と力だけではない。血筋や宗教もこれにあたる。


 ある一族は神の子孫を名乗り、ある者は神に選ばれたと称して己が権威を飾った。そうすることで素朴で無知な民たちへと声高らかに喧伝し、支配者にとって都合の良い身分を刷り込む事に腐心するのだ。


 貴族は強い。王様は強い。逆らえば酷い目に合う。


 高貴な家に生まれた者は神に選ばれた人間であり、人々を支配することが神によって認められている。


 すなわち貴族に逆らえば神の怒りに触れる。民にそう刷り込んできた国も多い。


 そんな逆らってはいけないはずの連中とその象徴が、人々の前であっさり粉々になったのだ。


 生まれた時から敷かれていたルールが砕けた。それは呆然とするかもしれない。


 雑な例えだが、人々が国に徴収されている税金は外敵から守ってくれるからという一種の用心棒代でもある。それなのに自分たちから大金を巻き上げてデカい顔をしていた用心棒があっさり倒されたら呆然ともなるだろうね。


「ほんで? こっからどうするや? この船で町を壊して回るんか?」


 いや、前ふたつの例を考えればここにもスマホっぽいものに反応する何かがある可能性が高い。町の支配権を得られるような何かだ。それを見つけて登録してしまおう。


 ただし時間制限は設ける。お茶の席の刻限が迫っているし、何も見当たらないようならさっさと素通りするべきだ。この後にはまだ『リーガン』という別の都市もあるのだし。もたもたするよりいっそ手早く攻めてしまおう。


 そしてその先にはいよいよ下界の首都『リア』がある。王様の名前は確か『ヘンリー』だったかな?


 この『アポン』という国を統治するかの御仁に、こちらへ二度とちょっかいを掛けたくなくなるような挨拶をしてこようじゃないか。


 彼らの土地で奪われた幽世の宝をじっくりと探している間だけでも。


 そのために神の子孫だろうが選ばれた人間だろうが、どこにでもある自然災害さえ防げないと思い知ってもらおう。どんなに着飾ってもただの人間でしかないと気付かせてやろう。


 人が昔から学んでいる事だ。圧倒的な暴力とは頭を低くしてやり過ごす以外にないと。


 この常とう手段を選択した時点で世に明言したも同じ、王も貴族も本当は何も出来やしない。


 自然の前では誰だって平行線。王も平民も等しく虫けら人間だ。








 とある宗教家が日本の布教が難しいと零した話がある。


 日本人は識字率が高く平民までそこそこに学があったため、彼ら伝道師の都合の良い神の教えや奇跡を鵜吞みにしなかったのだ。


 信じないと神の怒りが落ちると言えば恐れて従った彼らの故郷の庶民たちに対し、日本ではそこらの平民にさえ何か言うたび質問攻めにされたという。しかも答えられない事の常套句『神の御心はうんぬん』と言えば、呆れて鼻で笑われる始末だった。


 宗教と言うより哲学めいた側面を持つ仏道や神道に親しんでいた日本人には、『ただの宗教』は相性が悪かったとも言える。


 その土地の神を邪教とし、あるいはその神は我が神の下級神とし、またあるときは神の座そのものを自分たちの宗派の神で乗っ取った。そうして強引な布教を続けてきた彼らにとって、日本人とはさぞ偏屈に映ったに違いない。


 ――――なんでそんな話を急に思い出したかと言うと。


平伏ひれふしておりますな」


 矢盾の目には遠くで膝をついて何かに祈っている下界の人間たちが大勢見えるそうな。屏風覗きにはちょっと遠すぎて分からない。ろくろちゃん双眼鏡返して。


「玉の遠眼鏡より見えるのぉ。こらすごいわ」


 こちらの会話をまるっと無視して双眼鏡片手に周りをキョロキョロする番傘ちゃんよ。念のため言っとくけど太陽は見たらダメです。目が焼けるぞ。


 十数分前。さてどこに砦を降ろそうかと思案していたら、元・城のあった場所が大量の瓦礫を飲み込みながらパックリと開いて空母の寄港ができるようになった。


 後の流れはひとつ前の町と同じ。船底にまとっている海水ごと地面に飲み込まれた美濃英みのえは、まるで最初からそこに建っていた建築物であるかのように収まった。


 同時にこれは降りた土地がスマホっぽいものと所縁がある場所だと言う事に他ならない。


 なのでろくろちゃん、屏風覗き、錦さんとその配下の幾妖怪幾人か。そして矢盾で四方にこの世界の文化には不釣り合いなものが無いか、艦橋の上の見張り台から索敵することにした。もちろん何かあったらそこに向かう。


 囚妖怪囚人たちは砦で待機。ほぽ唯一戦えるのがむすびだけになってしまうのが懸念材料だが、なにぶん妖怪手人手が少ないのでどうしようもない。


 ともかく前回の町と同じなら噴水なんかが怪しい。あそこにスマホっぽいものを近づけると登録に必要な装置が出てきたからね。


 そうして探している最中に街の住人たちの変化を見て取ったのが弓兵として元々目が良い矢盾だ。


「死んだ城のもんを悼んどるって感じや無いな。うっかり祟り神にでも会うて、勘弁してくれ言うとるような祈り方や」


 まあ下界の暮らしからしたら不意に火山でも噴火したようなありさまだ。祈りたくもなるか。


 近寄ってくるようならまずは威嚇するようにと伝えていると、錦さんの配下が目ぼしいものを見つけたと教えてくれたので、矢盾を援護の射手として見張り台に残しろくろちゃんとそちらに向かう。


 目的の場所は 庭園の定番とも言えるオブシェである噴水。他とは少々場違いなまでに精巧なのがいかにもな雰囲気を出している。


 しかし急いでいるのは事実なんだけど、お馴染みの傘を使ったパラシュートは勘弁してほしかった。正確には行きたい方向に向けて『浮かれ傘』で大きくジャンプしてもらい、その後に開いた傘に掴まってフワフラと降りるやつ。


 もう何度もやってるけどさ、これが本当にいつまで経っても落下の恐怖に慣れない。下っ腹がヒュンとなってトイレに行きたくなるの。


 見つけた場所は城の庭園だろうか。他と違って土地がかなり開けていたようで、城の近く以外は爆弾で飛び散ったはずの瓦礫もほとんど落ちていない。


 爆風や火災の影響も少なかったようで、人によって手入れをされたそこは人工的な草花の園と言った感じ。


 爆風はともかくとして火災に見舞われていないのは風向きがよかったのだろうか? あるいは例の噴水のような場所は重要施設として『自動防御』に似た感じの力で守られているのかもしれないな。


 豊かな緑の中に春の芽吹きをいくつも付けているそこは、近く色賑やかな花畑を人々に見せてくれるだろう。


 その姿を愛でるはずの城の人間はもういないのだけど。


<実績解除 瓦礫の山の蛮王 3000ポイント>


<<実績解除 破壊者の足跡 +1ポイント>>

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