第809話 レッドパージとネイルガン
※若干残酷です。細かい描写等は無いものなのでたぶん平気かと思いますが念のため。
苦手な方はレッドパージとネイルガンは理不尽に殺されて、それなのに法律で犯人が裁かれなかった無念を自分で晴らした霊とだけご理解ください。
髪の毛を逆立てた姉を止めるため間に入ったのだが、有無を言わさぬ怪力で胸倉を掴まれてブンと横に放られてしまった。
生気が抜けて体が弱っているのもあるかもだけど、最初から持っている膂力に差がありすぎて踏ん張る事さえできない。
「
受け止める道具である番傘の付喪神によってあっさり投げられた
矢盾に礼を言いながら立ち上がろうとするも足に力が入らずコケそうになる。今日明日騙し騙しで過ごせとはこういう事だろう。意識はハッキリしてるのに体だけがやたらと重い。
体格差が大人と子供くらいあるのに姉は下から突き上げるような鋭い視線を放ち、まるで臆する様子は無い。逆にレッドパージ嬢は今までの陽気さが嘘のように気後れした表情を見せた。
「ネイル、助けて」
早々に助太刀を頼んできた相方に何を思ったのか、ビキニカウボーイ姿のネイルガン嬢が無言で立ち上がる。
「おどれは後で相手したるで
腰を上げたもうひとりに、普段はあまり見せない本当の意味で歪んだ顔を向けてろくろちゃんが威嚇する。
彼女の人化は物としての側面が強いようで、酷く感情が荒れると顔の造形が崩れて化け物のような顔つきになる事がある。
――――それは彼女の本当の正体が影響している変化かもしれない。
商家の貸し傘として生まれながら、いつしか悪人への憎しみを持って人を殺す呪いの鉄棒に姿を変えた姉の
攻撃性。
雨風受けても耐えるだけの傘の正体にあるまじき、誰かを責める精神。
国を巡回する処刑
「あなたの連れてきた彼女に説明してくれないか。こちらに敵対する気はないって。レッドの事は謝るから」
ろくろちゃんのメンチに付き合わずに
へそが見えるのがちょっとシュール――――ゴン! という鈍いが食堂に響き渡る。鉄棒入りの番傘がネイルガン嬢の腕に叩きつけられたのだ。
「どっち向いとんねん? おお? 」
不意打ちする卑劣の妥協点か。わざと急所は狙わず胸の前にあった帽子を持つ腕を叩いた姉は、叩いたまま押し付けていた傘をユラリと外すと『次は急所に思い切りいくぞ』と言わんばかりに肩に深く担いだ。
その間になんとかふたりの間に体を滑り込ませたものの、好戦的なろくろちゃんがその気ならまたさっきのようにポイと投げられて終わりだろう。
しかし、ここまで捕食者のような気配を出していたろくろちゃんは、『ん?』という訝し気な顔をして傘の握りを確かめる。
同じく手荒いノックを受けた顔をしかめていたネイルガン嬢も番傘の付喪神の挙動に注視していたのに、急に叩かれた腕を触って警戒を忘れたような顔をした。
まるで遠い昔に会ったことがある知り合いの顔でも思い出したように。
変な話だが突然食堂の空気が蚊帳の外になった。まじまじ見つめあうろくろちゃんとネイルガン嬢の世界と、それ以外というか。
まるで部外者みたいな気分にさせられた
それと矢盾。そろそろ離して。これ体が重いんじゃなくて君が抱き着いたままおんぶ状態だったんじゃん。体が重いはずだわ。
やたらキレていた姉がなぜか止まったので仕切り直す。
考えてみたら名前を聞いたくらいでビキニコンビの素性は正していなかった。付喪神という話も先入観からくるこっちの思い違いだったみたいだし。
持ち主が悪魔のせいかな。嘘は言わないが聞かれない事は答えない・正さない的な意地の悪さを感じるよ。
とりあえず落ち着くならお茶と甘味。そう思って用意した空母のコーラとクッキーはろくろちゃんの口だけに消えていく。手を付けたんだから話を聞くように。
「餓鬼かい。こんなもんで誤魔化されへんぞ」
ものすごく汚い舌打ちをしそうな口ぶりで用意したクッキー菓子を山のように頬張り、わざわざこっちに向けてザックザックと噛んで『うるさくて聞こえません』アピールをしてくる。性悪すぎる。
仕事から遅く帰ってきて居間で半裸のままゴールデンを見てたら、だらしない姿を見た弟に嫌味を言われてスネたOLの姉、みたいな事をすんなや。
先ほどから不機嫌なままの化け傘ちゃん。それでもケンカ腰を止めたのには理由があった。
「私もネイルも拷問道具に所縁のある物に憑いた幽霊なの」
話を繋いだのはレッドパージ嬢。うちの姉のヤンキーっぷりに引いている感がありつつも、『同胞』のよしみで素性を聞いてほしいと打ち明けてきた。
――――幽霊とは世に強い未練を残した存在。死んでいる己の言葉を聞ける相手を探し、見つけるとすがってくるとは聞いたことがある。それはどうやら本当の事のようだ。
レッドパージ嬢の素性を要約すると、自分はどこぞの素性の悪いカルトグループに誘拐されてソファの中に詰められる形で運搬された人間だったという。
そして犯人に執拗に拷問されて殺された挙句、死体を再び別のソファに詰められて捨てられたらしい。
「その皮製のソファに使われていたのが拷問で剥がれた私の皮なの。そのせいかしら、気付いたらソファに憑いてたわ」
首元から腰まで。まるでシャツやジャケットを脱がせるように生きたままベロリと剥がれたのだと彼女は笑った。
笑うしかないのかもしれない。
ある日自分の身に起きた事があまりにも残酷で、理不尽すぎて。
だから彼女も犯人たちの皮を生きたまま剥いでやったという。昔の医療技術で体の半分以上から皮が無くなれば、そいつは助かる事は無かったろうね。
レッドパージ。パージとは切り離すの意味。真っ赤な血が滴る生皮を剥がされた、彼女自身の苦痛の記憶からつけた名前。
肉親と神から祝福を受けたはずの本名など、誰からも救われない無間地獄のような痛みの中で忘れてしまったから。
ネイルガン嬢の生まれ――――と言っていいのやら――――は戦争時に軍が使っていた駐屯地。敵の捕虜やかどわかした現地の娘を座らせる拷問用の椅子に憑いたらしい。
スパイの容疑を掛けられたという建前であったが、実際は歪んだ加虐心を持つ軍高官の鬱憤晴らしに殺されたのだと言う。
「椅子に縛り付けられて爪を剝がされた。歯も抜かれた。そして最後は釘を打たれた」
名前を言った。素性を話した。無実を訴えた。親の名を呼び、神に助けを求めた。
誰も救いに来る事など無い。
そして死に際に聞いたのはおぞましい事実。
軍人たちは最初から無実だと知っていて、高官の機嫌取りのためだけに自分の命は差し出されたのだと。
時代を問わずしばしばあった事。占領した土地の略奪や虐殺は現代でも続いている現実。
ネイルガンの名前も自分でつけたと言う。悪霊となった彼女は自分を責め殺した高官と誘拐した軍人連中を憑り付いた椅子に座らせ、全員同じ目に合わせて殺してやったそうな。
激痛と絶望で衰弱死するまで。体の末端から何本も釘を打って。自分がされたのだから構うまいと。むしろこちらにこそする権利があると。
だって自分は彼らに何もしてないのに、愉しむためだけに殺されたのだから。それに比べればよほど正当。
胸糞悪くなるというレベルではない。いや、彼女たちの復讐劇がでは無い。ふたりを悪霊にさせた犯人たちのやり口とその後がだ。
なんと公的にはどちらも世間に罪が公表されることは無かったというのだから。二重に胸糞悪い。
前者は誘拐犯の一人に土地の名士の不良息子が混じっていて『無かった事』に。後者は軍が醜聞を嫌ってもみ消してしまったという。
「南蛮でもどこでも同じやのぉ。けった糞悪い――――腹が立つわけや、おどれら見とると自分を見とるみたいでのぉ」
ろくろちゃんがケンカをやめたのはふたりからにおいを感じたからだ。自分に近しいにおいを。
世の中を我が物顔で闊歩する悪意によって理不尽を受けた慟哭を抱えた、無念の魂を感じて。
悪意とは潜んでばかりではない。世間に悪びれず堂々と外に顔を出している悪人だっている。
法をすり抜けるなどまだマシな部類。人の作った法という権力にこそ守られている悪党さえいるのが現実だ。
彼女たちもろくろちゃんも、そんなあくどい人間たちに踏みにじられた事で生まれた存在。
なるほど。姉が苛立つわけだ。近親憎悪というやつだろう。見ているだけで自分の忌まわしい過去をほじられるような気分になるのでは穏やかではいられまい。
「
復讐すべき相手ならどうしようとそれは仇討ち。法的にはどうあれ正当な報復だと姉は言う。
しかし無関係の
無関係の他者に害を加えたなら己が恨んでいた相手と同じではないかと。
「事後承諾だったのは謝罪する。久しぶりに動いたから栄養を分けてほしかった」
砦の者を守った対価として納得してほしい。貰う量を加減したのも敵意が無いからだとネイルガン嬢は続ける。
「そらご苦労さん。こんなん
いやいや。勝手に預かり物にしちゃった手前、それはさすがにできないのだ。持ち主に返却するまでは大事に扱わなければいけない。どうでもいいが西洋ゴーストに東洋のお札って効くのだろうか?
「ほんならすぐ南蛮服屋の鬼のところに行こうやないかい。店の前にでも捨ててくればええわ」
ステイステイステイ。コーラもう一本つけるから。
「だいたいな! さっきからなんで兄やんが肩持つんや! 殺されかけたんやぞ?」
物で宥めたのが気に入らなかったのか、ろくろちゃんの語尾がいよいよ荒くなる。
ネイルガン嬢たちの言い分だと死なせるほど吸う気は無かったそうだが、それでも倒れるほどではあった。場合によっては『門』を潜る段階で倒れてタイムアップになっていた可能性もある。
『門』は利用するのに制限時間がある。それを超過したらどうなるのかは不明だが、酷く嫌な予感があるのは事実だ。それでなくとも道端に倒れたら不利益なのは間違いない。転んだ拍子に変なところを打って死ぬことだって無くはないのだから。
まして
だから姉の物言いは正しい。知り合いを殴ってきた相手を代わりに怒ったのに、殴られた当人が庇い出すなどされては腹も立つだろう。
しかしこのふたりは間違いなく味方なのだ。
――――なぜなら下界軍との戦いで使った『自動防御』はまだ効果時間を残しているから。
この防御として完璧なように見える
まだこの
まだ。この期に及んでも、まだ。
大好きなあの子にだって打ち明けていないのだから。
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