第801話 騙されていたい。自らそう思う限り、騙されてはいない

騙されていたい。自らそう思う限り、騙されてはいない


 ここまで手に持ちっぱなしのスマホっぽいもの。その画面には先行させている爆撃機を中心とした俯瞰ふかん動画が表示されている。おかげで平面で見るよりずっと多くの情報をこの土地から拾うことができた。


 本当に極端な植生を持つ世界だ。木がビッシリ生えている場所がある一方で、屏風覗きが今まで見てきたような野っ原だけの場所もある。

 こんな植生がありえるのだろうか? とても人が住むために開拓した結果には見えない。


 まるで最初から樹木と草原で区切りをつけて、スッパリと住み分けているような印象。


 しかし何より異様なのはその森と草原の境界がきれいな『六角形』をしている事だろう――――さながらゲームボードのマス目のように。


 上空から見るとよく分かる。これは古臭いゲームのマス目だ。


 隣接していてもそれぞれが別のヘクス。まったく違う環境として判定される世界。


 作り物。


「殿? もしやお疲れでは?」


 思わず深い溜息をついてしまったのを矢盾に見られてしまった。彼女からすると疲労からくる深い呼吸に思えたのだろう。


 実際に疲れてもいるので苦笑して誤魔化す――――予感していたとはいえ、本当に突きつけられるというのはショックなものだ。


 この下界という世界がずいぶんと陳腐な物だったと完全に分かってしまったのだから。


 それでもここで受けた苦痛は苦痛として感じたし、日々を暮らしている者たちもいて、こちらにちょっかいをかけてくる一団さえもいた。


 ならば屏風これにとっては本物だ。もう、そう思うしかない。


 外野から見たら今の生活がどれだけ滑稽でも。


 だからそのまま指示を出した。


 距離にして約300ギロメートルほど先で発見した大きな都市。おそらくは『ゴネリル』に向けて。その街でもっとも大きな建物への爆撃を。


 先行させていた爆撃機が戻ったきた時に爆弾を抱えたままでは着艦時に危険だ。1機につき1発を搭載した450キロ爆弾をきれいさっぱり落としてこい。


 計64発。2万と8800キロもの爆弾を落とすのだ。鉄骨とモルタルと石材で出来た城など骨組みさえ残るまい。








 役目を果たして着艦してくる艦載機を空母とその人員が迅速に受け入れていく。残りの編隊は空中でゆっくり旋回しながら自分の番を待っているようだ。


 何も考えずに飛行距離だけで余裕を見たけど、今後はちゃんとこういう時間を含めて運用を考えないといけないな。


 ヘルダイバーの巡航速度はだいたい時速200キロ強。最速で走らせても60キロそこらのミッドウェイでは同じ時間動かしても到達できる距離がまるで違う。300キロも先では昼までに都市を拝む事は出来そうにない。


 ――――城内にいる人間がみんな王族貴族、軍人階級では無かったろう。ならばこれも無差別爆撃と呼ばれる行為になるのだろうか?


 もちろん街を爆撃しなければよいという話ではないのは分かっていた。


 この嫌な気分さえただの言い訳。善人の振りをしたいだけの悪あがきだ。


 隣にいる矢盾や錦さん。うるしやむすびだって敵の領地を攻める事に何の疑問も抱くまい。皆はちゃんと敵と味方を別けて捉えているから。


 残酷に殺す事にはさすがに眉をひそめても、敵を倒す行為自体には何の躊躇も嫌悪も無いだろう。


 いさぎよい。万人に愛を向けるなど不可能だし、それこそ気持ち悪い話だ。好意とは向けるべき相手にこそ示すもの。害になる相手を気遣うフリなど愚かしい。


 ウジウジと悩むフリなどするな。この竹を割るような姿勢こそ見習わなければ。


 そしてタイムアップ。


 こんな非常時に言うことでは無いかもだけど、屏風覗きには茶会に出席せよとの命令がある。これ以上の戦闘行為を続けるだけの時間はもう無い。


 せめてここで起きた事を知らせるだけでもしないと『すっぽかし』とみなされてしまいかねないしね。


 いやね、さすがに三国のお偉方がご出席される場を欠席ブッチするのはねぇ。


 白陣営だけなら事情を話せば『戦中』として大目に見てくださるかもしれないが、下界の事を教えられない他国の方がおられるのだ。出席しないなら相応の理由が必要になる。


 例えば体調が本当に芳しくないとか仮病を使わねばならないだろう。


 しかし他国の要妖怪要人相手に立花様や牛坊主様辺りが部下の不始末を誤魔化すために、浅いウソをつかねばならなくなるのは非常によろしくない。


 これはふたつの意味でだ。相手に失礼なのは当然として、上司様らに尻ぬぐいをさせるとか無礼千万である。


 おお、考えるだけで本当に怖い。立花様ももちろん怖いが、ダンディーな男の余裕を持ちつつもどこか油断ならない笑顔を見せる白ノ国の金庫番、牛坊主様が本気で怒ったらどうなるやら。


 うん、何されるか分かったもんじゃないわ。絶対恐い。


 となると問題はここまで進めてきた空母の扱いか。以前の町は150キロ以上は後ろにある。寄港するには遠いし、せっかくここまで進めてきたものが無駄になるのも惜しい。


 全機の受け入れが終わった後は適当な場所に一度停泊させるか? あるいはこのまま空を航海させたままでいようか。なんにせよ屏風これなしで『ゴネリル』に乗り込むのは待ったほうがいいだろう。


 せめて敵地に乗り込む許可を頂かねば。今さらながら敵の都市に独断で攻撃した事を怒られそうで震える。申し開きが出来ればいいなぁ。


 そしてもうひとつの懸念事項は飛んだままで安全に『門』が使えるかどうか。


 空母での『門』は共通して甲板の真ん中に出現する。『自動防御』は高所落下に対応していないから、今の高層ビル並みに高い位置から落ちたら確実に死んでしまう。まあ甲板スペース的に強風の中でも下に転げ落ちる事はまずないとは思うけど。


 前に燃える料亭の屋根から飛んで足を痛めたときは大変だったな。その状態で操られた浦衛門に攻撃されるわ、下界に逃げた性悪大天狗と落ち武者ハゲを追って捕えないといけないわで大わらわだった。


 決めた。空母が海洋を航海しているのは当たり前。空飛ぶ空母ならいちいち拠点となる土地に寄港しなくても問題は無いだろう。それに空中にあれば敵も早々ちょっかいを掛けられまい。


 そうと決まれば戻る準備だ。まず錦さんに戻ってくるまでの空母の権限を渡し、放置していた他の問題を片付けるため矢盾を連れて食堂に赴く。


 なお移動の間に『殿との』呼びはやめなさいと伝えたら、『貴方様が我の主にございます。ならば殿とのでごさいましょう』と大真面目な顔でかしづいてきたので大困惑する事になった。


 屛風これは便宜上、白玉御前ボスにお伽衆はなししゅうとして仕えている役人だ。


 過去の功績でこの集団の筆頭に昇格したらしいんだけど他の方を見たことがないし、特に他者への命令権があるわけじゃないから実感は皆無だが。


 それでもまあ一応というか、建前上というか、お伽衆グループの長であるんです? 自分で言って疑問符が抜けないけどとにかくそうなる。


 対して今の矢盾はその『お伽衆・屏風覗きの抱えるファミリー』の一員として副次的に白ノ国に仕えている。という解釈らしい。


 〇クザやギャングの組織構成みたいに表現すると、『白玉組』という大組織の何次グループとして組み込まれている小組織『屏風組』の木っ端組長と組員という感じ。


 なので矢盾的には屏風これが直の親父殿になるようだ。つまり御前ボスは大殿様である。


 系列だと屏風組は立花組の傘下なのかな? こんな表現の仕方をしたと知ったら殴られそう。でも『家臣』と『家来』の区別もイマイチつかない屏風覗きにはこっちのほうが分かりやすいので。


 まあ考えてみたら矢盾の言い分も間違ってはいないのか。国の命で正式に屏風覗きの下に置かれているわけだし。


 ただし一番偉い方は誰かを間違えないように。それと公の場で言わない。その点だけは釘を刺しておく。我々の住まわせてもらっている白ノ国の親分は、間違いなく白玉御前様なのだから。


 そう言うと褐色の武士もののふはいつもより短く整えたツインテールを揺らして『ははっ』と畏まった。


 イメチェン? 付喪神でも女子の姿を映すとお洒落とかやっぱり気になるものなのかな。ろくろちゃんもことお洒落となると鼻息荒いもんなぁ。


 それはさておき。


 遅ればせながら目を覚ましてくれてよかった。そして砦の防御をありがとう。


 片膝をつけたままの矢盾の頭を軽く触って立つように促す。肩は相変わらず矢除けの厳つい板みたいな鎧があるから触っていいものか分からん。


 さて次は珍客の対応か。挨拶もそこそこに主悪魔主人のいた世界に帰せと文句を言われそうだなぁ。そもそもあの世界ってまだあるのだろうか?


 そういえば矢盾や喜平はもう何か彼女たちと話したのかな? 容姿的に日本語未対応な気もするし、悪魔と同じくペラペラな気もする。できれば日本語OKでお願いしたい。せめて英語、これ以外の言語だと本当に分からないです。ヒンドゥー語とか古代ヘブライ語とかだったらどうしよう。


 返事が無いので振り返ると矢盾は通路でしゃがんだままだった。手で自分の頭を押さえている。もしかして高度差から感じる頭痛? そこまで高くないはずなんだけど。


 あ、これは失敗。せっかく髪型を変えたばかりのところにペタペタと触って髪を乱すような事をしてしまったから怒ったのか。


 そりゃあ決めたばかりのヘアセットを台無しにされてはムッとするのも無理はない。女子なら尚のことだろう。


 不躾に頭を触って悪かったと素直に謝る。これは十分セクハラだ。


 何故かこちらの謝罪にキョトンとした顔をした矢盾は、やがて部下として怒りを腹に収めてくれたようで顔を赤くしながらも首を横に振ってくれた。


「いえ! 不快な事などまったくございませぬ。さ、ささ。はよう参りましょうぞ。客人は喜平とお町が接待しておりまするが、あやつらではどうも不安ですので」


 あ。はい。急に跳ね起きた矢盾に先導されて航行中の空母の廊下を進む。


 心なしか、矢盾からかきたての汗のにおいがした気がした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る