第799話 SB2C『ヘルダイバー』全機爆装にて発艦開始
空母MIDWAYが腹に収める艦載機のひとつにSB2Cと言う艦上爆撃機がある。呼称の通り船の上から飛ばす爆撃を抱えた飛行機だ。
ヘルダイバーとも呼ばれるそれは現場にとって最高の性能を持つ機体とはとても呼べず、むしろ欠点まみれの問題機とさえ言われていたらしい。
何せ頭文字から取って付けられたあだ名が『
だがそんなヘルダイバー、運用こそ本当に大変だが多目的に使えたうえに投入された戦況とマッチしたことで意外にも重宝されたという。活躍期間も現場運用から16年もあるのだから、兵器が恐竜的進化を遂げていく当時としてはなかなかに息が長いと言える。
飛ぶためのエネルギー生産機であるプロペラは4枚。これが1900馬力のエンジンでブン回されることで、武装込みの重量にして7トン以上の巨体が大空に舞い上がる力を獲得する。
――――まあ屏風覗きの知るこの飛行機の性能など何もかも受け売りの情報でしかない。この船も飛行機も実物を見るのは初めてなのだから。
「とんでもない音ですな。小刻みに雷でも鳴っているようにございます」
揺れる艦橋で苦も無く直立する矢盾がよく日焼けした顔をしかめている。
機械の立てる騒音に慣れた現代人にはそれほどでもないが、自動車一台走っていない時代の
ああ、そもそも五感が良いのもあるかな。なまじ感覚が鋭いと余計にうるさいに違いない。
着々と進む発艦準備。エレベーターから持ち上がってきた機体が折り畳まれていた羽を作業員の手作業で次々と広げられていく。
艦載機はコンパクトである事が望ましい。そのためスペースを取る原因のひとつである翼が畳める機種が多いのだ。
こんな感じに陸上基地で使う機種に比べて艦載機は制限が多かった事もあり、艦上爆撃機ヘルダイバーの性能は芳しくなかったようだ。
当時のパイロットや整備士、開発者の皆様などは
――――なんて柄にもなく先人に想いを馳せてしまうのは、資格も無いのに戦船へと乗り込んでしまった無礼を心の何処かで卑屈に思ったからだろうか。
戦う船に戦う飛行機、いずれも扱えるのは兵士だけ。厳しい訓練を受けた軍人にのみ許された資格なのだから。
その意味ではここにいる
まして
訓練も階級も必要なく、個人の気紛れで近代兵器を使った殺戮命令ができてしまうのだから酷い話だ。
ミリタリーオタクではない
嫌な便利さだ。まさしくゲーム感覚。
己の人生を費やして研鑽する必要の無い便利な戦闘システム。タップひとつで事故や失敗のリスク無く大量殺戮が出来てしまう。
――――反吐が出る。なんだよこれ。
分かっている。こんな事は今さらな嫌悪感だ。二度も使っておいて愚痴も後悔もあるまいに。船体で軍隊を轢き殺した分がノーカウントな訳もない。
ならばこの言い訳がましい人でなしが考えるべき要点はひとつだけ。
準備したヘルダイバーの行動半径で敵の主要都市の一角『ゴネリル』を爆撃できるかどうかだ。
飛行機も車も理屈は同じ。燃料分しか動いてくれない。
これに重たい爆弾を抱えて飛ぶとなると航続距離はさらに短くなる。ヘルダイバーの爆装は最大で1000ホンド(約910キロ)。当然として荷物を積めば積むほど負担は大きい。
かつてろくろちゃんが手に入れた地図で都市のある方角くらいは分かっているが、どこまで飛べば辿り付けるやら。
いつのまにかスマホっぽいものに表示された俯瞰図には、この空母を中心とした円で艦載機の行動半径が出されている。
表示距離をキロメートルに出来たのは正直助かった。フィートや海里は馴染みが無くて困る。ええと最大で飛べる距離はだいたい2400キロ。帰還分の燃料を考慮し、さらに余裕を見て基本は1000キロメートルを活動限度としようか。
東京から発ったとすると鹿児島や網走くらいを往復できるのかな? 人間が住む土地なら千キロも飛べば都市のひとつふたつはブチ当たりそうな飛行距離だ。
しかし過去に連中の国を記した地図こそ見ているが尺度はまったく不明なのがネック。頭に血が上って思わず爆撃だと意気込んでみたが、時間が経って冷静になるととんでもない空回りになりそうで不安になる。
何よりこの空母の運用も戦闘行動もポイントが必要なはずであり、それはMIDWAYの支配権を持つ『01』の持ち出しとなるのがなんとも。
派手に爆撃機を飛ばして成果なし。ポイントだけ消費では無様すぎる。ここに来て今さらだがどうしたもんか。
いきなり爆撃編隊とまで言わず、まず下見のために偵察仕様の機体を1機だけ飛ばすのも手か?
いや、こういう時に半端にするのはよくない。突っ張ったなら突っ張り切るべきだ。もし無駄になったら屏風覗きのプールしているポイントをお渡しすればいいだろう。
――――あの町はこちらが奪い旗を掲げた場所だ。下界からすれば奪われた土地の奪還かもしれないが、それでも奪い返されるまでは白ノ国の領地である。
つまりは
それに命に別状は無いと言ってもうるしだって怪我をした。自分がへまをしたと泣いて謝っていた。
許せるかよ。上げた拳を振り下ろすまで。
やがて船に今までとは違う振動が伝わってきた。油圧カタパルトの動作による振動だ。最初の艦載機がついに発艦していく。
艦載機の発艦と着艦にはそれぞれ空母側のアシストが必要な場面もある。簡単に言うと船が走ることで先に速力を稼いでやり、より飛び立ちやすくしたり降りやすくする補助行為だ。
この辺の事情には『相対風』やら『合成風』なんて聞き覚えがない単語が出てくるので詳しくは知らない。
つまりは船側が走ることで疑似的に『向い風が吹いている』状態を作ってやり、飛行機が失速し難くなるよう補助してやるようだ。
2基の油圧カタパルトを持つMIDWAYでも爆弾を積んだ機は重いのでこれを行うらしい。
そのついでと言ってはなんだけど。
どうせならこのまま空母ごとしばらく進んでみようか。詰められるところまで。何もかも薙ぎ倒しながら。
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