第798話 緊急出港。MIDWAY、微速前進

 美濃英みのえ砦改め、空母MIDWAY出港準備。


 屏風覗きのGOサインを受けた錦さんの号令の下に、艦橋に立つ半透明の軍人たちがそれぞれの役割を果たして空母の隅々に命令を行き渡らせていく。


 この場合錦さんが艦長として、半透明の軍人の中で一番威厳がある人が艦長代理となる構図だろうか? 本来はこの階級が高そうなネイビーさんがMIDWAY艦長を写した存在なのだろうな。


 となると屏風覗きは何だろう? 政治将校? この空母は赤い熊さんの所属ではないけどさ。


 例によって思考を散らかしている間にも事態は着々と動いていく。


 出港を知らせるためにかラッパが鳴り響き、屏風これの耳には聞こえないが軍人たちの口が動いて何かの命令や、その復唱を次々と叫んでいるようだった。


 そして空母の出港に合わせて町にも劇的な変化が訪れた。


 穴だ。今まで甲板までの高さをピッタリと埋めていた大地がパズルのようにパスパスと割れて空母の艦底を収めていた部分がぽっかりと露わとなる。


 穴の内部は近代的な地下ドックのように思える場所。だがその謎空間はすぐに大量に噴出した水によってみるみる隠れていく。


 船は飛行機ではない。航行には水面が必要だ。


 たとえそれが空の上だとしても。


 少なくともこのMIDWAYの運用システムを設定した何者かはそう考えたらしい。でなければ出港に大量の海水までワンセットなわけは無い。


 そりゃあ船は水に浮いて動くものなのは間違いないが、じゃあ水のほうはどうやって空に浮かせるのかという疑問は抱かなかったのだろうか?


 いや別にいいけどさ。理屈はどうあれちゃんと飛ぶのだし。


 水かさが増して船底を隠すほどにゆっくりと空に上昇していくMIDWAY。

 船の移動とは二次元的なものなのに、この場合はどう言って命令するのだろうね。潜水艦のように上昇は『アップトリム』とでも言っているのかな?


 やがて船体の上昇が落ち着く。かすかな揺れは激流の如く流れ込んできた海水が未だ船の周りでうねっているからだろう。


 これがMIDWAYの出港体勢。そして、今から始まる蹂躙劇の体勢でもある。


 両舷微速・前進。


 じわりと走り出す船体の重量は約4万と5千トン。つまりわずかでも動いたならその重量を突き動かすパワーが船体に乗った事を意味する。


 300メートル近いサイズの鋼鉄の船が動いたなら、それはもう誰にも止められないエネルギーの塊だ。


 前回と同様の流れでMIDWAYが炎に向けて突き進む。町をぐるりと包んだ忌まわしい炎の壁は火種の建造物ごと海水によって次々と薙ぎ倒されていく。


 古来の火消しのは延焼を食い止めるため、火事周辺の周りの建物を取り壊す事も生業としていた。一見乱暴に見えるがこの船が行っている行為は正しく伝統的な鎮火方法と言えなくも無い。


 空を往く威容を見た敵軍が今さら逃げ散っていくがもう遅い。


 この巨体でも時速60キロ以上が出る怪物だ。たとえ馬に乗っていようが陸路を進むしかない相手に空を飛ぶ船が負けやしない。


 逃げ遅れた兵士や捨て置かれた装備が次々と船底の水流によって薙ぎ倒され、、散々に打ち払われる。水に取り込まれた物体もまた何もかもをバラバラにしていく。


 もはや災害級の津波と一緒だ。叩きつけられるエネルギーは人の耐久力などものの数ではない。


 船の特に高い位置にあるこの艦橋に、彼らのあげる絶命の声など届かない。それでも恐怖と絶望の空気だけは伝わってくる気がした。


 余計な事をしなければよかったのに。命令されたら動くしかない兵士に言ってやる事でもないけれど。


 正直に言ってこの軍勢の意図が知れない。前回に倍する攻城兵器を揃え、兵の数を増やせば抜けるとでも思ったのだろうか? いくら人間が傲慢で懲りないとしてもそれはさすがに考え辛い。


『02』は『06』に入れ知恵でもされたのか? 共闘を持ち掛けられて、それを鵜吞みにして再編成した軍を派遣したのか? もちろん唆されずとも絶賛敵対中だ、攻める理由はいくらでもあっただろうが。


 ――――うるしたちを連れて砦に戻ってきた時、留守を守っていた矢盾たちから襲撃の報告を聞いた。


 詰襟姿の人間がこちらには6名も。しかもうち1人は矢盾の目を盗んで砦内部にまで侵入していたという。


 幸い彼らの目的と思しき事態は錦さんや矢盾、そして喜平によって防がれている。その際にとある方々の加勢も受けたらしいが、その辺の詳しい話は後だ。


 こちらには3名だった事を考えると、あるいは布陣した軍も町を焼いた火計もすべては囮だったのかもしれない。


 本命は砦への侵入であり、詰襟の少年たちを本丸に突入させるための隠れ蓑。


 考えられる理由はふたつ。ひとつは砦を落とす定番の方法である内部からの破壊工作。


 そしてもうひとつは深町の身柄だ。彼女を奪還しようとしたとも考えられる。

 実際に侵入したひとりは深町のいた部屋に辿り着いていた。初動で喜平と女中さんが時間を稼がなければ危なかっただろう。


 ――――あまり考えたくないが深町自身が連絡を取って彼らに救出を願った可能性もある。複雑な空母の内部を通って一気に彼女の下に来たのは不自然だ。


 まあこれは詰襟たちのチートズルで発見したとも考えられるので確証は無い。


 この新たなチートズル持ちの詰襟集団は何者なのか。情報が少ないのであまり考えてもしょうがないだろう。生かしておくのも危険なので厄介だ。


 連中の話していた言葉はうるしたちには聞き取れなかった事を考えると『プレイヤー』では無いとだけ。おそらくは屏風これと別の『プレイヤー』によって『呼ばれる』なり『作られる』なりした存在ではないだろうか。


『02』に呼ばれた深町たちや、『05』に作られたタクヤのように。


 ぼうっと考えているうちにあらかたの殲滅は終わった。山場も何もないが文明レベルの差がある戦闘とはこんなものだ。


 一方的だとこっちに被害が出なくていいね。元より剣や槍でどうこうできるサイズではないのだから当然ではある。


 さて。足下が終わったら次は巣穴を視野に入れよう。


 敵が攻めてくるのは上が元気な証拠。権力者の中に徹底抗戦を叫ぶ存在がいるのだろう。


 下っ端からすると本当に迷惑な話なのだが、こういった連中が後方から権力片手に無責任に叫ぶから兵士は嫌でも戦わないといけないのだ。


 だからまあこの際なので、口が軽くて腰が重い連中の頭をひとつ潰してしまおうと思う。


 攻撃隊、爆装で発艦準備。目標、敵都市『ゴネリル』の一番目立つ建物。


 つまりお城。


 そこに下界の権力者が住んでいようといまいと構わない。権力の象徴たる巨大建造物を灰燼と化せば、連中は嫌でも震えあがるだろう。


 軽々にいくさを叫べば戦いに駆り出した兵士たちだけで無く、自分たちにも死が降ってくるのだといい加減理解するといい。

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