第796話 箸を求めて外出中。所により石雨

 むすびを伴い町の外側へ。正体が女物の帯である彼女が火の熱に炙られないよう念のため懐中に収めておく。毎日入浴しているけどそれはそれ。臭くても我慢してくれよ。


 でも帯ってわりと量というか面積があって、畳んでもぽっこりお腹になってしまうな。決して屏風覗きの腹が弛んでいるわけではないです。これは名誉のために訴えたい所存。


 牛坊主様みたいにイケてる親父ならお腹が出ていても貫禄って感じでカッコイイのだが。人として良い年輪を刻んでいない屏風これが太ってもただのタップスである。


「いやぁ、親分、じゃなく白石様はむしろもっと食った方がよいでしょうよござんしょ。腹がずいぶん細いですぜ。ちゃんと食っていなさりますかい?」


 そりゃもう死ぬほど。これ以上食ったらごはんで窒息するわ。


 食べ過ぎて逆に栄養が身にならない体質になってきているのかもしれないな。人は飢餓状態の時と飽食状態の時では栄養の吸収効率が違うらしいし。


 一度くらい難攻不落の米要塞、謎の白雪嬢にプチ断食の有用性について掛け合ってみたい。


「ご自愛下せえよ? あっしらは白石様にこそ仕えてえんだ。うるしも喜平の野郎もです。長生きしてもらわねえと」


 屏風これの腹から無頼らしからぬ安い世辞を言ってくるむすびに苦笑しつつ、キューブの橋で強引に炎の壁を抜けてなんとか辺りを見回せる場所を探す。


 軍の布陣からはまだかなり遠い。しかし連中は昔の軍隊らしく派手な衣装なので、伝令らしい兵士がチョロチョロと動いているのが遠くからでもまあまあ見えた。


 そしてこっちから見えるなら向こうもこちらの動きに気付いているはず。


 カタパルトのような攻城兵器は人ひとりを狙うような精度は無い。それでも数に物を言わせて固め打ちしてくる可能性はあるか? 大きい石ではなく大量の石ころを積めば散弾めいた攻撃にも出来る。


 投石器はここから見えているだけでも6基もある。前回は確か3基だったから倍だよオイ。1基あたり確率5パーセントくらいの命中率とすると斉射を3回もすれば1発くらいは至近に落ちそうだ。


 まあのこのこ出てきた人間ひとりにカタパルトを使うのは勿体ないというのが普通の感覚だろうが。野原の石だって軍隊規模で投げたらすぐ無くなるのは矢と同じ。弾さえ無ければどんな強力な飛び道具も置物でしかない。


「親分っ!」


 ――――というのはこちらの楽観的な思い込みだったようだ。結構派手な音を立てて6基のカタパルトから大小様々な石が午前中の青い空の先から飛んでくるのが見えた。


 発射地点が遠いと着弾にタイムラグがあるから素人でも結構見えるな。反射的に身を縮めて腹を庇う。帯が外に出ようとモゾリと動いたのを察して動くなと命じた。


 床にしているキューブの上をバチバチと跳ね返っては辺りに落ちていく石の雨。


 前に九段神社で行われた勝負において、とばり殿と対した天狗が術で空から石の雨を降らせたのを思い出す。こんな時だが少し懐かしい。


 そして小さな検証が出来た。ガマズミ紋と同様にこの紋も物体は迎撃してくれないらしい。マークは違えど基本の性能や性質は同じ物なのかもしれない。


「親分、お怪我は!? こんなもんあっしが受けやしたのに」


 あんなもの通じないから大丈夫だ。むしろ屏風これを守ろうなんて思うな。むすびはこちらより目が良いのだし、敵は気にせずうるしの痕跡を第一に探してくれ。


 借り物ズルでも力は力。非常時くらいグチグチ悩まず使えるなら使い倒すべきだろう。


 兵士とは比べ物にならないほどカタパルトは大きいし、屏風覗きの視力に依存するキューブの射程でもなんとかなりそうだ。後手に回ったが破壊させてもらおう。


 キューブを形成して目についた端から適当に切断していく。どの辺を切れば効率的か分からないけど、ああいった大物は重量を支える部分がオシャカになればそれでもう使い物になるまい。


 実際、敵が目に見えて慌て出したのがここからでも分かる。


 それが少し疑問だ。情報共有が出来ていないのか? 過去のキューブによる大量殺戮の事はすでに下界の軍隊から伝わっていると思っていたのだが。


 あのとき砦を攻めてきた部隊から最低一人は取り逃がしているし、それでろくろちゃんから詰めが甘いとお叱りを受けた記憶が蘇ったよ。あれはキューブ戦法の情報を持ち去られたという痛恨のミスだった。


 それ以外にも砦攻めする実働部隊の他に遠くから戦場を観察する間者の一人二人くらい、軍隊を持つ国家なら伏せていそうなものなんだけどな。


 いっそもっと踏み込んで敵陣地のド真ん中にキューブを展開して回ろうか? しかしもしうるしが敵に捕らわれていた場合、もろともに殺してしまう可能性があるのでこれは躊躇われる。


 砦の矢盾からもまだうるし発見の報告は無い――――すでに死んでいるとか言わないでくれよ。しぶといだろ、おまえは。


 牢に捕まって枯死刑を受け、それでも死の運命に抗って屏風これにこすっからく交渉を持ちかけたしたたかな妖怪。それがうるし、おまえだ。簡単に終わる訳はない。


「親分、もしかしたらうるしの野郎は箸に戻って隠れてやがるのかもしれやせん。あれならかなり小せえし、付喪神を知らねえ連中にはただの細い棒きれだ」


 火があるところで箸に戻るのはかなり賭けでしょうが。途中から自信なさげに声を落としたむすび。


 確かに。彼女自身も噴水の水に潜れたからこそ帯に戻って身をひそめる決断が出来たのだろう。それを思えば火事の直中で箸のうるしが正体に戻るのはかなりリスキーだ。人の姿以上に焼け死ぬ危険が高くなる。


 もしくは町中の水壺にでも隠れたか?


 うるしたちにはこの町の清掃を手伝ってもらった事がある。その際にある程度何がどこにあるか頭に入っているだろう。ならばそこらの家屋にある水周りに箸の姿で飛び込んでいる可能性もあるか?


 そんな風に考えていたとき、こちらとはやや離れた場所に向けてピューッと伸びる音が現れて消えた。


 おそらくは砦にいる矢盾の放った鏑矢かぶらやだろう。独特の音が出るよう細工がされている矢玉であり、古くは合戦開始の合図として使われたらしい特別な矢。


 同時にその音鳴りで場を清めたともされる神聖な音色だ。非常時とはいえそんな大事な矢を信号として使わせたのは少し申し訳なかったな。


 向こうか。方角的に街道から逸れるということは、注視すべきは町の内側と思われる。町の敷地や街道から外れるとアレ・・が出る。その辺りは口酸っぱく言っているから、うるしも街道を逸れては逃げ隠れしないはずだ。


 もっともさっきの矢はあくまで何かの合図であって、うるしを発見したとの報と断言は出来ないが。とにかく矢盾は放った矢の方角に何かあるとこちらに伝えようとしているのは確かだ。


 ならここにもう用は無い。軍は変わらず布陣されているが投石器そのものは破壊したし、こちらの防衛機構の再設置も済んだ。


 加えて連中の放火のおかげで逆に火の勢いが防壁代わりになってもいる。紋の防御に穴があったとしても火が邪魔になり、一気に大部隊で雪崩込んでは来れないだろう。


 最後に敵陣に目立つ衣装を着た相手をたまたま見かけたので、駄賃代わりにキューブで胴体を切り飛ばしてからそちらへと向かう。


 カタパルト斉射の返礼だ、何も文句はあるまい。


 ――――まだ午前中なのにもう疲労を感じる。早めに何とかしないと。



<実績解除 ジェネラル・キル 5000ポイント>

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