第795話 石ころの紋

 プレイヤー『06』。その表示に思わず動揺してしまったのを察したのか、詰襟の少年の衣服を漁っていた背後のむすびの手が止まったのがゴソゴソという布ずれの音が消えたことで分かった。


 こんな状況だからこそ不安にさせてはいけない。その一心でちょっとモタついてるだけという顔をしてこれからの事を思考をする。


 相手が『02』にせよ『06』にせよ、この町の支配権を奪取されたのは事実。


 方法は断定できないが、ガマズミ紋の防御を潜り抜けてこの噴水で登録を行ったのだとしたらかなり危険な状況だ。仮に支配権を奪い返しても堂々巡りになってしまう可能性が高い。


 だが事態は切羽詰まっている。たとえ短期間となっても町を敵から奪い返さないとこのままズルズルと押し込まれかねない。相手の攻撃手段が詰襟少年のような暗殺者の派遣か、下界軍の侵攻による物量かの違いはあるだろうが。


<ようこそプレイヤー04>


<<当SHIP’S DOGは現在プレイヤー06が権利を持っています。強奪しますか? ※工作費用として10000ポイントを必要とします YES/NO>>


 YESをタップ。これはもう必要経費だ。高いとか言ってられない。


<パスワードをどうぞ ※入力は1回につき1度きりです、再入力にはポイントを頂きます>


 恥ずかしい話だがパスワードを思い出すのに少し苦労した。


 屏風これは英語力も記憶力も低い。所詮は大した資格も取っていない無能な大人だ。どだいこんな戦場で砦の責任者としてウロウロしていられる有能な人間ではないのだ。

 英語でこれなのだから暗号文なんて解き方を聞いてもチンプンカンプンだろうな。


 だが自虐ばかりしてられない。そうだろうとどうだろうと、屏風これはここにいるのだ。ならば目の前の事態に対してよく考え、手の中にあるものだけで何とかするしかない。


 理由をつけて何もしないのが一番の無能だ。無能なら余計な事をするなと言われる方もおられようが、それでも自分以外を助けるために動く事だけは躊躇ってはならないと思う。


『All the world’s a stage,And all the men and women merely players』


<認証されました。当SHIP’S DOGはプレイヤー06から奪取され、プレイヤー04の拠点となります> 


 少し考えて『01』への譲渡を一旦保留する。


『06』に町を強奪されたのが屏風覗きが下界に行く直前辺りならともかく、それより前であったなら幽世にいる段階で『01』からリアクションがあっても良かったはずだ。せめて『敵に奪われた』と警告くらいはくれたはずである。


 だがそれは無かった。


 もしかして現在の『01』は下界の情報を掴んでいないのだろうか? 譲渡された町の状況についてこのスマホっぽいものから情報が来ていない?


 あるいは、他のプレイヤーに対する妨害系の機能を『06』は持っている?


 過去に他のプレイヤーのポイント所得を疎外する機能を持っていた『03』の例もある。情報の一時的な欺瞞や遮断をする機能を『06』のスマホっぽいものは搭載している可能性が無いとは言えない。


 ダメだ、推測の域を出ない。『06』が『02』と共闘しているのか、別個の勢力として漁夫の利を狙っているのかも不明だ。


 詰襟少年を殺してしまった事は長期的な視点で見れば失敗だったかもしれないな。尋問の事なんて考えずについ自分の安全を優先してしまった。

 状況的にのんびり出来ないとか、生かしておくと変なチートズルで逆転されそうなのが怖かったと言い訳してしまう自分が情けない。


 もっと胆力がある主人公タイプの人なら別の選択をしたのだろうね。残念ながら典型的な小物でしかない屏風これには無理な話だ。敵は皆殺しにしたくてしょうがない。それが未成年であってもだ。


 ふと思いついてスマホっぽいもの弄ろうとしたが、続いて奇妙な感覚に囚われたので取りやめる。


 どうやらこの噴水をキューブで完全に囲むことは無理なようだ。キューブを出していないのになんとなく『密閉できず、必ず大きな隙間ができる』と分かる。


 たぶん拠点の支配に関わる設備の物理的な封鎖は何かしらの『ルール違反』なのだろう。この『スマホっぽいものを持つ者同士の争い』では。


 だとすれば完璧に思えたガマズミの紋の防御もまたがあったのかもしれない。一門だけは安全なルートがあると言う、かの有名な戦国演戯で登場する八門の陣のように。正史では登場しないから創作らしいけど。


 羽扇の似合う軍師様の話はともかくも。『06』は探査と妨害に秀でたスマホっぽいものなのだろうか? いや、もう考えまい。情報が出払っていないのに決めつけてはそれこそ危険だ。


 今決めるべきはとりあえず『01』に再び譲渡するか? あるいはしばらく『04』の支配のままで留め置くか。この二択。


 現在屏風04の保有するポイントは潤沢だ。対して『01』がどれほどお持ちかは不確定。防御機能の発揮にポイントが必要であった場合、ここまでで思ったよりも目減りしている可能性もある。


 下手をするとポイント不足で敵に突破されたという見方も出来るか。屏風04の『自動防御』は個人に対して12時間で1000ポイントだものな。


 まあ考えるよりスマホっぽいものを覗くのが早い。あのときはすぐ譲渡してしまったので未確認だったが、町の支配権を持ったままなら何かしら防衛に関して説明が出るかもしれない。


<<当SHIP’S DOGは現在プレイヤー04が権利を持っています。防衛機構を発動しますか? 30日/1000ポイント YES/NO>>


<<警告 現在の拠点は無防備です>>


 やはりか。支配権を持っている者がポイントを使って拠点を守る事ができるようだ。町を守るのに約ひと月で1000ポイントは高いのやら安いのやら。


 そういえば敵は支配権を確保したのに自分のフラッグを立てていなかったのはなぜだろう? 1万も使ってポイントが足りなかったのか?


 今日まで屏風これがスマホっぽいものやポイントに対して手探りであったように、他のプレイヤーも同様に手探り状態なのだとしたらそういう凡ミスも無くは無いか?


 決めた。しばらく『04』のポイントで『02』と『06』を相手にポイントの叩き合いに持ち込もう。もう一度『01』に譲渡するのはあの方のリアクションを待ってからだ。


 タップすると同時に天にガマズミとは違う馴染みの無い紋が輝き出す。


色は少し灰色が掛かったくすんだ白。輝けるぎょくと違って実に屏風これらしい地味な色。石の色だ。


さて、これでガマズミ紋と同様に防御してくれるのだろうか?


 あるいはまったく別系統の防御かもしれない。詳しい説明らしいものが無いので詳細が分からないのが怖いな。


「おおっ」


 背後で死体を漁り終わっていたむすびが何故か大げさに慄く。これまで空にあった紋の形と違うので違和感を持ったのかもしれない。


 屏風これば自分の家系の紋なんて知らない文字通りの馬の骨なのだけど、もしかしたらあれが屏風これの家紋なのだろうか?


 紋は丸紋。その中いっぱいに何かがミッチリと描かれていて、どんな意匠なのか逆にわからない。


 昔は書の練習で使った紙に白いところが残っていると『勿体ない』なんて言っていたし、何も書いていない白い部分が勿体なくて残したくなかったのかも。先祖は見栄っ張りな上にケチだったのかもしれないな。


 まあ屏風これのルーツなどどうでもよろしい。先祖が偉くても卑しくても当人の功罪ではないのだから。


 ではむすびの記憶を頼りにして、まずはうるしとはぐれた場所に向かうとしよう。何か痕跡があれば良いのだが。


 それとここに守りはあえて置かない事にする。砦に戻って妖怪員人員連れてくる時間が惜しいし、何より残っている面子では手数も戦力も足りない。


 錦さんとその配下は砦の防御で絶対に外せない。機動戦力になる弓兵の矢盾も今は全体の目として高台にいるべきだ。となると残っているのは喜平だけ。平民を動員するようではおしまいである。


 奪いたければ奪え。まだ10回は付き合えるぞ。


<実績解除 リバーシゲーム 1000ポイント>

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