第792話 包囲火計

 熱風。停止した時間が動き出してまず感じたのは、大火炎によって生じた暴力的な気流の流れだった。


 事前に使っていた『自動防御』の恩恵で苦しいほどではない。ヒーターに近すぎてちょっと熱いな、程度の熱。これが無ければ吹き出す空気の熱だけで火傷を負ったかもしれない。


 火傷を負わないと分かると冷静さが戻ってくる。よく見れば甲板から噴き出すように見えていた業火は砦を囲む町。その全土が出火元だった。


 この町の建物の材質は粘土やレンガの類。それでもここまで燃えるということは油なりが大量に撒かれたのだろう。


 幸い近隣の建物を破壊して収まっている形の美濃英みのえの周りは空間がある。まだここまで火は来ていない。まだ。


 だが立ち上る煙はまだ暗さの残る早朝の空を汚し、周りを見れば炎はぐるりと砦を一周しているのも分かる。あまりにも不自然な出火。


 これは間違いなく失火の類ではない――――火計、攻撃だ。


 そして何よりも驚くべきは空にガマズミの紋が見えない事。昨日まで大空に白く輝いていた御前の紋が無い。


 町の支配権を乗っ取られたのか?


 地面とは及びもつかないほど硬い甲板を走って美濃英みのえ砦へ。


 美濃英みのえ砦、つまりこの空母『MIDWAY』は名前も知らない町の中心部に『寄港』している。


 現実に存在した艦を模しながら膨大な水と共に空を飛ぶ異形の空母。この巨大な船体を受け入れる謎のギミックによって船の大部分は地面に埋没している。

 艦載機の離着陸を行う甲板は地面とほぼ同じ高さとなり、艦橋が塔や砦のように突き出ている形で町の景観とはそぐわない。


 この場違い感こそ頼もしい。最悪は飛んで逃げられるのだから。


「白石様っ!? 錦様ぁ! 白石様が参られましたっ!」


 ドタドタと船に入り込んだ屏風これを最初に迎えたのは喜平だった。その手には囚妖怪囚人たちの自衛のために申し訳程度に買い付けた手槍がある。


 堅気の彼もある程度は持ち慣れてきたようで、狭い船内でこちらを誘導して早歩きしながらも槍の端を引っかける様子はない。


 やってきたのは艦橋だ。そこには錦さんの他にこの船のクルーらしき半透明の軍人たちもおり、周囲の状況からか今までで一番厳めしい顔をしていた。


「うるしの姐さんとむすびの姐さんが戻っておりません! あの下界の人間たちをここに連れてくると言って外に!」


 ――――あのアホども! 非常時は捨てちまっていいと言ったのに!


 付喪神の性で人間にギリギリ温情が沸いたのか? いや悪態ついてる場合じゃない。


 ある物を探して艦橋内に視線を彷徨わせると、すぐに錦さんが目当ての物を差し出してくれる。双眼鏡だ。


 艦橋に置きっぱなしにしているこの双眼鏡は誰が使ってもよい物としてあえて置いてある物だ。娯楽の少ないこの砦、少しは気分転換になるかもと思っての事。実際に妖怪たちもまあまあ楽しんでいた事を思い出す。


 キャップが付いたままで覗いて『真っ暗です』とお約束をしたのはむすびだったよ。


 最大倍率7倍の双眼鏡をかざして掘っ立て小屋のある方角を見る。炎と空気の揺らぎによってかなり見辛いが、喜平が建てた小屋はすでに壊れていた。


 そのついでに遠くに見えたのは昨日まで無かった複数の建築物。あの形状は見覚えがある前にも砦に使われた投石機だ。油壺と火のついた石ころを次々とブン投げてきた暴力の塊。


 前回出して来た物は残らずこの空母で轢殺したのに、あの大仕掛けを懲りずにまた作ってきたらしい。攻城兵器なんてそうポンポン作れるもんじゃないはずなんだけどな!


 ダメだ、見渡してもうるしたちらしい人影は見当たらない。もう退避した? 戻ろうにも火に巻かれた砦に近づけずに町の外に隠れている?


 そもそもどうしてこんな事に。下界の連中、軍で攻め込めないならいっその事と、砦を町ごと焼き払う戦法に出たのか? こっちは多少なりと気を遣って壊さないようにしたのに。


 ミッドウェー緊急発進――――いや、うるしたちが何処にいるのか分からない。下手をしたら出航時に生じる混乱に巻き込んでしまうかも。


 錦さんに双眼鏡を返し、砦に火が迫ったら出港して安全を確保するようお願いする。


 こちらはやる事ができた。砦の方の指揮は頼みます。


駄目ですいけねえ! あっしが行きます! 姐さん方を見つけて連れてきますから!」


 大工として力仕事はもちろん、何かと大声を張り上げることも多かっただろう喜平。兵士ではなくともその声は確かに力強い。


 だが駄目だ。それは行方不明が増えるだけ。当てなく探し回るにはもう状況も悪い。


 火の内側にいたなら砦に戻っているはず。つまり彼女たちは火の包囲の外で足止めを受けている可能性が高い――――もう敵に捕まってしまった可能性さえある。


 実際、敵が火計を使ったということは外に逃げ出すネズミを狩るために包囲しているだろう。


 もしうるしたちが外で隠れるなり逃げ回っているなら、救出部隊はふたつの事から助ける必要がある。


 火と軍から。これを何とかするには『自動防御』を持つ屏風これが適任だ。


 問題は屏風これの機動力が絶望的に低い事と、彼女たちを素早く見つける手段が無い事か。


 いっそ片っ端から敵軍を殺しまくって追い散らしてから探したほうが早いまである。騒ぎを起こして目立てばうるしたちも見つけやすいだろう。


 目立つ、という事に思い至って艦橋から見える空中に輝くキューブを出す。まだ日の昇り切らぬ早朝の空に白いキャーブを。


 もしまだ彼女たちが逃げているなら、隠れているなら。この輝きが少しでも希望になるように。


 今から助けに行く。だから諦めるなよ。


 錦さんに止められたが強権を発動させてもらう。この砦の守りは貴方だが、下界の責任者は屏風これだ。


 どこかの帝国の宇宙要塞なら負けフラグだな、なんて思いながら艦橋から出ていく。


 私もあっしも! と必死に同行を希望した喜平に厳しくNOを突き付けたのが心苦しい。だが命に係わる向き不向きの問題に、かわいそうと情など出してはすぐに死神が肩を叩くだろう。


 大工とは皆のために『作る者』だ。誰も幸せにしない『壊し屋』稼業はこの不出来な木っ端役人と錦さんに任せて、仮にも男の身を映したなら民間人の深町を守ってやれ。


 深町は錦さんの配下が砦の一室に押し込めているらしい。船が地面に埋まっている性質上、もし煙がここまで立ち込めても甲板より下の階は一酸化炭素中毒になり辛いだろう。ちなみに物の化生たちは煙には強いらしい。それでも燻されるのはさすがに嫌いらしいけどね。


 ひとりで降りる狭い階段。緊急事態のせいか普段は出ていない半透明の兵士たちが船内を行きかっている。こちら見ると機械的に敬礼してくるのが作業を邪魔しているようで申し訳ない。


 さて、行くと決めたはいいがルートをどうするか。


 まずとにかく決め打ちして町の外までまっすぐ抜けようか。そこからぐるりとキューブを作りながら外周を見て回れば、隠れているうるしたちの方が気付くかもしれない。


 ――――最悪人間に捕まっているとすれば、『人質を取ったぞ』と外界軍の方からリアクションしてくるだろう。悪いがその場合は諸共に殲滅開始だ。


 人質のために降伏するのがいかに愚かな行為かは人の歴史が証明している。王族を人質に取られてスペインに滅ぼされたインカのようになるのは御免だ。そのときは恨んで化けて出てきてくれ。愚痴ぐらいは聞くから。


 外は変わらずの赤い業火に照らされた世界。


 松を連れてこなくて良かったよ、あの子の正体は木製の鞍だからね。火には近づけたくない。


 キューブで坂道を作って上に上に。当然として熱の勢いは増していく。ろうそくの下と真上では同じ距離でも熱の影響は段違いだ。それでも燃えている町に突っ込むよりマシ。何よりこっちのほうが目立つ。


 そう、ここからは目立って上等。敵も気付くだろうが構わない。矢でもカタパルトでも大砲でも何でも飛ばしてこい。


 直進ルートは例の噴水のあったところにする。あそこは町の内側だが噴水だけに水があるのだ。火から逃げる場所として有力な候補地点のひとつだろう。


 もしかしたらあそこにある装置で町の支配権を取り戻せるかもしれないし。


「殿ぉ! 殿ぉっ!!」


 誰が殿とのやねん。


 張り上げられた声は横から聞こえた。高さの指針としてつい美濃英みのえの艦橋を意識してしまったようで、振り返るとその艦橋の上に人影――――矢盾? 目が覚めたか。良かったと言いたいがこの状況だから喜ぶのは後だ。


「遅ればせながら! この矢盾をお連れください! 殿!」


 いや、たから誰が殿やねん。けど、少し心強いよ。


 おはよう矢盾。悪いがそこから弓兵として索敵してくれないか。うるしたちを見つけたら音の鳴る矢で誘導よろしく。



<実績解除 火計     2000ポイント>


<実績解除 一騎駆け   3000ポイント>


<実績解除 あんたが大将 1000ポイント>


<<警告 SHIP’S DOGは現在プレイヤー06の領地です。『00:15:00』以内に『MIDWAY』を退去させない場合、不法停泊と判断され1時間ごとに1万ポイントが請求されます。>>

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